▽映画 ブログ「言葉美術館」

■「サイドウェイ」、ピークを過ぎたワインみたいだけど

 

 

 このところ、家にこもる日々が多い。もちろん、書く仕事があり、その体力を維持するためにそうしている部分もあるのだけれど、なんというか、体力以前の問題に悩まされている。ほとばしるような創作意欲ね、これがどんどん少なくなっているようで、気持ちが沈んでいる。

 いちおうの自分なりのノルマ、「今日はこれを書いた」が達成されると映画を観る。

 Amazonprime、Netflix、 Huluで観られるものを選んで。

 先日観た『サイドウェイ』。「人生と恋とワインをめぐるロード・ムービー」とあって、三つの興味あるキーワードあるから観てみるか程度の動機だったけれど、おもしろかった。

 ワイン好きにはたまらない映画だと思う。

 主人公はふたりの男性。あれ、何歳くらいなんだろう。30代半ば? 
 ふたりともいわゆる「ダメ男」の典型みたいなかんじ。
 ひとりは結婚をすぐに控えていて、結婚前に女遊びに埋没したくて、行動しまくる。
 もうひとりは国語教師をしながら小説家を書いているが、これが形にならなくて自信喪失状態。

 それぞれに色彩が違うけれど、製作者の悪意を感じるほどの、ダメっぷり。

 なのに、私は両方に感情移入してしまった。わかるわかる、って。だってほんとにわかるんだもの。

 さて。私がいいなあ、と思ったシーン。

 あるワイナリーで小説家志望の男が、魅力的な女性に出逢う。ふたりはワインで意気投合。ふたりとも離婚経験あり。ふたりとも子どもはいない。

 女性がワインに興味をもったきっかけは元夫。「これみよがしな大きなワインセラーのもちぬし」だった。ようするに元夫がワイン通で、それをきっかけにワインの世界に彼女は入った。そして。

「私は鋭い味覚をもっていると気づいたの。ワインを飲めば飲むほど考えるようになったわ。夫はニセモノだって」

 それが離婚の原因かどうかは語られていない。
 でも「ニセモノ」と気づいた人と、だらだらと関係を続けない潔さが彼女にはあった。そして知性も。それは次の言葉で明らかだ。

「ワインの一生を考えるようになったのよ。ワインは生き物。
 私はブドウの成長にそって一年を考えるの。
 太陽はどのくらい照ったか、雨はどうだったのか。
 そして、ブドウを摘んだ人々のことを考える。古いワインならその人たちはもういないわけよね。 

 いつもワインの成長を想っているの。
 今日開けたワインは、別の日に開けたものとは違う味がするはず。
 どのワインも生きているからよ。
 日ごとに熟成して複雑になっていく。
 ピークを迎える日まで、あなたがたいせつにしている61年物のように、ピークを境にワインはゆっくり坂を下り始める。
 そして、そんな味わいも捨てがたい」

 

 マリリン・モンローの言葉を思い出した。

 「男のひとってワインに似ているわ。ねかせればねかせるほどコクが出てくるの」

 これは年齢を重ねた男の魅力を言ったものだけれど、私は、女はどうなのか、ってこの映画の女性のセリフを聞きながら思った。

 「日ごとに熟成して複雑になって」

 そこまではいい。

「ピークを境にゆっくり坂を下り始める」

 ここね。もう私は坂を下り始めて久しい。ころころころころ、ころがっている。

 だから、ここに最後の希望をもつしかないの。

「そんな味わいも捨てがたい」

 そう、「そんな味わい」を好んでくれる人たちで人生を彩ればいいだけの話、そんなふうに自分を納得させる。

 

 この会話のなかに出てきた「あなたがたいせつにしている61年物」というのは、この直前の会話で、男性が、61年のシュヴァル・ブランをもっていることを女性に言い、女性が「まさにいまが飲みごろじゃない!」なぜ開けないの? と問う。男性は結婚10周年の日にとっておいたんだ、と答える。でも離婚してしまったわけだから、そのままにしてある。

 女性は言う。

「(ワインを開ける時期をのがすと)手遅れになるわ。61年のシュヴァル・ブランを開ける日が特別な日よ」

 なんだか、これも含蓄あるひとこと。

 ちなみに、この魅力的な女性がワインと恋におちたきっかけは「88年のサッシカイヤ」。

 ……。

 赤ワイン好きだけど、知識ゼロの私にはちんぷんかんぷん。でも、そんなのは気にならなかった。

 とても好きなものがあって、その好きなもののことを知りたいという欲求があって、それを語るときの表情がきらきらと美しいひと。

 男でも女でも、私はそういうひとが好きなんだなあ、って胸がほんわか。

 そして、登場人物たちそれぞれの悲しみが、コミカルであってもシリアスであっても、ひしひしと伝わってきて涙を誘う。

 そしてこれ、ワインがむしょうに飲みたくなる映画でもあります。

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