▽映画

◎ハンナ・アーレント◎ 

2016/10/21


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まだ一月なのに、今年一番の映画になるような予感がする。

『ハンナ・アーレント』。
昨年末は打ちひしがれていたから、こんな大切な情報も逃していた。

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督。
ドイツの、女性の監督。
私は彼女の映画が好きで、『三人姉妹』は1998年か89年か、岩波ホールで観て、心揺さぶられて小説にも書いたくらいだ。
『ローザ・ルクセンブルク』(1986年)は、ビデオで借りて何度か観た。
ローザという女性も好きで、エッセイ集『うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ』にも彼女のことを書いている。

それで、ローザを演じたのと同じ女優バルバラ・スコヴァがハンナを演じている。
ナチを扱っているものはこのところ避けていたから普通なら躊躇するはずなのだけれど、これだけの条件がそろえば当然、躊躇を軽く超えてひとりユーロスペースへ。

ハンナ・アーレント。ドイツの哲学者。ユダヤ人。

強制収容所に収容されるが脱出し、アメリカへ。
1963年にナチの戦犯アイヒマン裁判についてのレポートを発表し、全米で激しい論争を巻き起こす。映画ではこの時期が描かれている。

最晩年まで「“悪”という問題に何度も立ち帰った」ひと。

ふるえました。

ラストのアーレントの8分間のスピーチ。

あまりの美しさに私は涙がとまらなかった。

なにが美しいかといえば、そこには本物の知性があり、それが勇気と合致したとき、ここまでの真実に人間はたどりつける、という希望なのだった。

私は自分が欲しいもの、大切にしたいもの、信じたいものを、強い力で差し出されたようで、それで感動のあまり涙が出たのだと思う。

「悪」がメインテーマになっていたあたりも、いま私が知りたいことと重なっていた。

パンフレットも買った。家に帰っての娘との会話。

「すごいの観てきた」「感動したの?」「感動なんて言葉は違うな」「あ、パンフレット買ったんだ、めずらしいね」

パンフレットを買ったのは採録シナリオがあったから。
ラスト8分間のスピーチをもう一度じっくりと読みたかった。
とくに感じ入ったところを抜粋する。

「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪です。
そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。
人間であることを拒絶した者なのです。

そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました。 」

 

「ソクラテスやプラトン以来わたしたちは“思考”をこう考えました。
自分自身との静かな対話だと。(略)

“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。
善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。
私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。 」

 

……悪の凡庸さ!

私がいままで、もやもやしていてつかめなかったものの正体を、この言葉はみごとに表現している。
おそらく、すべてはこれがあって、信じがたい残虐行為が生まれる。

それにしても、ハンナが戦犯のアイヒマンの裁判を傍聴したときの、あのときの視線にはしびれた。
アイヒマンを悪人として糾弾して当然の立場にありながら、「ん? なにか違う、おかしい……」と思う、その視線。

そして彼女は、いままでの仲間たち、そして世論を敵にまわしても、自らの真実を追求し、独自の考えを発表してゆく。

集団狂気(マス・ヒステリア)とは対極にある「個人の知の力」を私は彼女に見た。
私が欲しいものがそこにあった。

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