▽映画 ◎Tango ブログ「言葉美術館」

◾️「等々力ミロンガ」と「エビータ」

 

 13日の日曜日は、私のタンゴの先生、なかやまたけし先生主宰の「等々力ミロンガ」だった。ミロンガってタンゴのダンスパーティーみたいなもの。

 日曜日だし、等々力渓谷の近くということもあってやっぱり昼間からだと思うんですよね、と最初に聞いたときには、でも、私はミロンガは夜、ってイメージだなあ、と思っていたのだけれど、回を重ねるごとに、やはりここはこの時間帯ね、と思うようになり、場所と時間の相性というものがあることを知った。

 一軒家で、誰かの家に遊び行ったような感覚もいいし、なぜかいつも嫌な気分になることはない。あの場の空気感はほんとうに心地よい。

 行く前はちょっと疲れがたまっていて、今日は音楽を聴くことメインでもいいかな、と思っていた。音響も素晴らしいし、なんていったって、たけし先生の選曲が好きだから。

 でも、やはり好きな曲が流れ始めると、というか、好きな曲ばかりだから身体が動きたがる。

 15時から20時までの5時間、結局、ほとんど踊りっぱなしだった。おかげで翌日はぼろぼろだったけれど、あの夜、私は久し振りに「眠気」を感じて、いろんなことをしないでもすぐに眠れた。

 はじめて踊るひとも何人かいらして、それぞれの個性とはじめて向き合い、どんなふうに自分を伝えるのかという楽しみもあった。

 最高だったのは、ラストの2タンダだったけれど、全体を通して、私は身体の芯から楽しんでいた。楽しんでいる、ということを実感しながら楽しんでいた。

 こんな時間があることが今の私にとってどれほどの喜びであることか。

 ミロンガの最中、私はゆるやかにひとつのイメージにつつまれていた。

 さいきん映画「エビータ」を観たので、その映像などがときおり頭を通り過ぎてゆくかんじ。

「エビータ」は過去にも何度か観ていて、でもタンゴを始める前だから、やはり今観るとまるで違ったことを思う。

 今回は、アルゼンチンには、タンゴがすみずみまで根付いているのだということを、しみじみと感じた。

 いわゆるミュージカル映画で、ミュージカルはあまり好まないのだけれど、これは好き。

 エビータ(エヴァ・ペロン、1919年生まれ、33歳で病死。ペロン大統領の妻、いまでも人気のあるアルゼンチンのファーストレディ)演じるマドンナも、これを演じられるのは彼女がしかいなかったのではないか、と思えるほどにぴったり。私生児からファーストレディとなるまでの野心、マドンナのそれと重なって、ときどき同一化してしまうほど。

 映画については、マドンナがどうしてもエビータを演じたくて、その意思を伝えるためにあらゆる努力をしたこと、けれどエビータという「聖女」をセックスシンボルであるマドンナが演じることにアルゼンチンで反対運動が起きたことなど、いろいろなエピソードあり、それも興味深い。

 でもなによりマドンナの歌う「アルゼンチンよ泣かないで」はほんとうに美しいし、バルコニーから民衆に語りかける姿には涙した。

 何度もタンゴシーンが流れる。それは派手なシーンではなく、エビータが出世を目指して男を誘惑するときに、あるいは、自分に批判的な男と闘うイメージとして。

 私がもっとも胸うたれたのは、エビータが亡くなったとき、アルゼンチンの人たちが、泣きながらタンゴを踊っていたシーンだった。

 生活は決して豊かではない人たちが、エビータの死を嘆いて、タンゴを踊る。私はそのシーンを観て、アルゼンチンには、タンゴがすみずみまで根付いている、と感じたのだ。

 あくまでも映画のなかの世界、あの時代、と考えても、彼らにとってタンゴは特別なイベントではなく、なにかこう、もう身体にしみついているもの、生活の一部だった。

 だから「等々力ミロンガ」で私は、彼らのタンゴと私のタンゴとの違いを強く意識していた。

 アルゼンチンの人たちからしてみれば、このミロンガ自体をどう思うのかな、とも想像した。

 それはよくわからないけれど、すくなくとも私にとって、タンゴを踊る、タンゴで人生を感じる、その部分ではあまり違いがないように思う。

 日本人がいくらがんばってもアルゼンチンの人のタンゴは踊れない。よく言われることみたい。

 ピアフを書いていたときにも、日本人にフランスの歌、シャンソンはほんとうの意味で歌えないという記述を何度か目にした。

 その国の文化をほかの国の人が同じように感じ同じように表現するのは無理。

 こういうことを、暴力的に言う人は苦手。日本の伝統的な文化は外国人には理解できない、と言う人と同じように、苦手。冷たい目が嫌。

 ようは、感性と愛の問題なのに。

 同じではない、というところから始まって、ではそこからどのように自分なりに、それを愛し、その世界にある自分が愛するものを表現するのか、そういうことがたいせつなのだと私は思う。

「エビータ」の映像とともに、そんなことを考えながら過ごした「等々力ミロンガ」での至福のとき。タンゴを踊っていると愛を超えたなにかさえ感じるときがある、という美しい言葉とともに、ミロンガの余韻のなか、いま思う。

 私は「真剣な趣味」としてタンゴを人生にとりいれた。私なりに深め、私なりに愛してゆきたい。

 今秋、ブエノスアイレスを訪れる計画がある。たけし先生がツアーを企画してくださっている。はじめてのブエノス。ブエノスに詳しい先生が連れて行ってくださる予定のミロンガ。そこでいったい私はどんなことを感じるのだろう。

 それにしても私が「ツアー」に参加するだなんて自分でも驚き。団体行動すっごく苦手、を超える魅力があるということね。

◾️私のお部屋「ブルーモーメント」の階下にある「タンゴサロン ロカ」のサイトはこちら。

http://tangoargentino.jp/

◾️「エビータ」Don’t Cry for Me Argentina

 

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