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■心が求めているものを心に聞く。ターシャとマーマレード

写真撮るなんて、そういうひとっぽい。うふふ。

これを煮詰めてゆくの。味をみながらお砂糖足したり、カムカムってすっぱいフルーツのエキスを足したりするの。うふふ。(←なぜこうなるか)

 

 

 このところ、1週間に10本以上かな、たくさんの映画を観て、映画館へもでかけて、たくさんの本を読んで、新刊の企画、カバーデザインやタイトルのことなどを考えている。頭のなかはくるくる回転しているのに、それをアウトプットしようという気がないのはなぜだろう。ブログのことね。

 昨日はそんなことを考えながら、久しぶりのマーマレード作りをした。

 軽井沢時代、夏みかんのマーマレード作りは季節行事だった。またこの季節がきたね、って。

 子どもたち(娘、姪、甥)と私と彼。5人で大きなお鍋3つ分くらいのを作る。

 外の厚い皮をなるべく薄く切ってもらって、中は皮をむく。子どもたちの仕事だから皮が5ミリくらいのもあったりするのだけど、これもまたなぜか美味しいのよね。

 彼の実家から届く無農薬のだからできること。そして美味しいから作っている途中、果実がなくなってゆく。3人の小動物が食べてしまうから。

 白砂糖を私は使わないので、てんさい糖、きび砂糖を使った。だからできあがりはブラックオレンジのマーマレードみたいになる。

 それを煮沸消毒した大量の瓶に詰めて保存する。

 

 東京に来てから1度、作った記憶がある。

 今回なぜ作ったかといえば、ふるさと納税のシステムを使って、彼が我が家宛に送ってくれたオレンジセット、大きな段ボールに、レモン、セミノール、あまなつの3種類がぎっしり入っていたからだ。

 セミノールってみかんのちょっと硬くて大きめのかんじ。あまりにも大量なので冷蔵庫がこれでいっぱいになってしまった。Amazonで手動のジューサーを買って毎日しぼりたてのジュースを飲んでいる。

 レモンはすでにジンとともに楽しんだ。

 残るはあまなつ。ビッグなのが10個もあるよ。これはどう考えてもマーマレード作れってことよね。

 それで、昨日の午後ひとりでキッチンに立ちっぱなしの3時間を過ごしたのだった。腱鞘炎になりそうよ。

 それでも。

 プルーストじゃないけど、マドレーヌと紅茶じゃないけど、マーマレード作りの工程で、ほんとに、いろんな映像が、いろんな声が私のなかをめぐって、ちょっとタイムトラベルしたみたいだった。

 いつもなら「早く終わらせて仕事しなきゃ」って焦るのに昨日はそんなことはなかった。これも生活であり、生きることなんだなあ、と、めずらしい感覚のなかにいた。

 

 ちょっと前に観た映画「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」(2017)を思い出した。

 

 アメリカを代表する絵本作家ターシャの山奥でのひとり暮らしのドキュメンタリー。彼女の庭がまず美しい。そして無駄のない暮らし。料理にしてもなんにしてもすべてに時間をかける生活は豊かで、そして彼女は「思うとおりに生きてきた」と語る。70年もの間、現役で活躍。1度の離婚。4人の子どもを育てあげたひと。

 彼女の生活と比べると、私の生活ったらなんて雑なんだろう、それこそ、うっかり人生がすぎちゃう人生じゃないのよ、ってがっくり。

 映画のラスト、ターシャの死のときのことが語られ、生前の彼女の姿が遠くから映し出される。そして彼女の、しゃがれたやわらかい声が流れる。私はふいうちで落涙。

「忙しすぎて心が迷子になっていない?
豊かな人生を送りたいと思ったら、
心が求めるものを心に聞くしかないわね。
私は時々腰をおろして、ゆっくり味わうの。
花や夕焼けや雲、自然のアリアを。
人生は短いのよ。楽しまなくちゃ。」

 心が求めるものを心に聞く。

 ああ。

 

 公式サイトはこちら。

 

ターシャの映画を観たあと、気になっていた「ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート」を続けて観始めたのだが、ぎらぎらとした欲望がきつくて最初の10分で挫折してしまった。

 これだけでも、いま、私が求めているものは、どんな色彩なのかがわかった。それだけでもよしとしよう。

 マーマレードは美味しくできた。(写真は飽きてしまいできあがりは撮っていない。)

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