◎Tango アルゼンチンタンゴ ブログ「言葉美術館」 私のタンゴライフ

■余韻

2023/09/10

 

 

 余韻という言葉はなんて多くの意味を含むのだろう、と思う。

 余韻について調べてみた。いまはウエブの辞書でたいていのことは調べられるけれど、特別な言葉、たいせつにしている言葉の意味を再確認したいとき私は、中学3年生か高校1年生のときから使っている「新明解国語辞典」をひく。編者の方々のセンスが好きなんだと思う。だから12月中旬発売予定の新刊にも、ところどころに「お気に入りの辞典によると…」というのが出てくるけど、すべてこの辞典。

 それで、余韻。

 *鐘を突いたあとなどに残る響き。[事が終わったあとまで残る・いい感じ(趣)や、詩文などの、言外に感じられる趣の意にも用いられる。*

 私は、ある事柄に対して、それは映画を観たり、美術館に行ったり、本を読んだり、タンゴを踊ったり性愛の行為だったりするけれど、その「事」が終わったあとの感覚をとてもたいせつにしていて、それが自分のなかで、真実よかったかどうかを告げているようにも思う。

 「事」の最中は驚きや新鮮さや強烈な力や快感やアルコールの作用によって、うわあ、って「感じて」いたとしても、その後、残らないものもあったりするから。

 このところ、さまざまな方面からパーティーめいたお誘いが増えている。私は知らない人たちと話すのが苦手だから、たいていはお断りすることになってしまうけれど、先日、とあるパーティーに出かけた。生演奏あり、小芝居あり、お料理も美味しくて、ついでにワインも美味しくて、知らない人たちと話す必要もないような雰囲気で(たぶん)、私はその場を私なりに楽しんでいた。

 ああ、久々にタンゴ以外のこういう場も楽しいな、って思うくらいに。照明は私好みで暗めだし。

 ところが最後、主宰の方の挨拶が終わって、はい、おしまい、ってなったとたん、会場の照明がピカーって明るくなった。

 びっくりするくらいに。

 そして突然、どこからわいてきたのかわからないくらいの会場のスタッフの方々がすごい勢いでテーブルの上の食器を片付け始めて、私のワイングラスにはまだ半分くらいのワインが残っていたのに、もっていっちゃったの。

 とても高額な会場で参加費も高額。やはりサービスというものを期待してしまうのが人情というものでしょう。

 ついでに言うと、冬になったからコートを預けますね。クロークにね。そのときのハンガーが、よくクリーニング店でスペシャルじゃないクリーニングをお願いしたときについてくるあの普通の黒いハンガーだったのを私は見てしまった。残念すぎる。きっとこの会場に来る人たちは会場を信頼して、お気に入りのコートを着ていているはず。肩のラインを気にする人も多いと思うのよ。(注:この会場でこれ?っていう意味です。)

 会の内容がよかっただけに残念。これは主宰の方の問題ではなく、あくまでも会場側の問題。

 それで、帰り際に思ったことが「余韻」。

 タンゴのダンスパーティーでも、終わったとたん照明ピカーっとされちゃうと私は萎えてしまうし、余韻もそこで遮断されてしまうように思う。

 大好きなお友だちが、いつだったか、「タンゴは余韻」って言っていたことを思い出しながら、暗い夜道、余韻ゼロで私は帰途に着いた。

 それにしても、照明、あと15分待てば、という問題なんだけどなあ。

 

 ここまで書いて、ちょっと時間が経ち(いろんなことしてた)。

 そうか、私が好きなタンゴって、いろんな人たちのデモンストレーションをユーチューブで観ているけれど、好き嫌いの分かれ道、キーワードのひとつは余韻かも。きっとそう。

 それは「終わったあとに残るもの」としての意味だけではなくて、「詩文などの、言外に感じられる趣の意」的なかんじのね。ステップとステップの間、何もしていなくても感じられる趣、そういうものがあるかないか。

 エアロビクス的なもの、間違えないようにという懸命感満載なもの、肉体の力強さばかりが目立ってしまうもの、頑張ったんだね、と言いたくなるようなものが見えてしまう発表会的なもの、そういうものに私は余韻を感じないということはわかってきた。

 11月の終わりに脱稿してから、案の定、予想通り、ものすごい虚脱状態で、そんななかおそろしい喪失体験があり、夜道でひとり叫んで、泣いて、それでもこんなふうに、こんな雑文を書いている。

 ずいぶんしぶとい、って自分でも思う。

 でも、きっとタンゴがあったから。踊りたい人たちが踊ってくれたから。余韻たっぷりのタンゴを。

 

*写真はタンゴオリジンのシューズフェアに出かけていろんな靴を履いているところ。ネオタンゴの濃いネイビーのエナメルパイソンとサテンが美しいシューズを一足買ってきました。だって、シューズは消耗品なんだもん。でも、だからこそ、あのとき、ブエノスアイレスでもっと買ってくればよかった(なつかしいシューズ物語はこちら)。

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