◎Tango ブログ「言葉美術館」

■人生に必要なスイッチ

2021/12/16

 

 

 Switch スイッチにはさまざまな意味がある。
 人を交代すること、なんらかの転換があること、考え方を切り替えること、電気回路の開閉を行う装置の意味はそのままでよく使われるし、英語だと、それらに加えて、誰かを鞭打つことなんかの意味もあるみたい。

 昨日、タンゴの新しいDJユニット「Switch」の初のミロンガ(タンゴのダンスパーティーみたいもの)が開催されるというので四ツ谷のアルゼンチンタンゴバー、シン・ルンボ Sin Rumboに出かけてきた。
 タンゴの世界のことは疎いからよくわからないけど、ふたりのDJって珍しいんじゃないかな。

 シン・ルンボのHPには次のようにあった。

 

 

 スイッチを入れます、ですって?
 私、スイッチを入れて欲しい…
 行くしかないわ。

 

 それで、流れる曲が、もう……。ほかのミロンガでは聴いたことのないような曲がたくさん。うっとりしちゃって、体がとろんってなってしまうような、ものすごくロマンティックなのもあったり、いわゆる定番もあったり、なんなのこれ……この世界、すごく好み。赤ワインがすすんでしまうわ。

 ふたりのユニットだから、途中でDJがそれこそスイッチするわけだけど、前半のラスト、後半のラストが「愛の讃歌」。それぞれ違うバージョンの(打ち合わせなしの偶然だったって、帰り際に聞いて気を失いそうになったわ)。

 なんてせつなく熱いタンゴだったことだろう。

 私は2015年にエディット・ピアフの本を書いていて、あの年はいくつかのところで朗読コンサートを開催したりしていて、舞台の構成、メインを「愛の讃歌」にしていたから、この歌には弱い。ピアフが最愛の恋人マルセル・セルダンへの想いをこめた「愛の讃歌」。セルダンが飛行機事故で亡くなった報せを受けた夜も舞台に立って歌った「愛の讃歌」。

 この曲はいわゆるタンゴの曲ではない。流れたのはそれぞれ2曲とも日本人の歌手が歌ったものだったしね。
 踊り終わって思った。タンゴの曲で歌があるものはほとんどがスペイン語、スペイン語がわかる人は、こんな気持ちで踊るのかな、と。

 なまけものとはいえ、私もとくに好きな曲の歌詞は調べているけれど、多くはよくわからないものばかり。いくつかの単語から、ああ、これもかなしい愛の歌なのかなあ、って思うくらい。

 言葉を聞きながら踊ることについて、考えさせられた。

 

 いい夜だったな。

 何がそんなによかったのか。ひとことで言えば、かぎりなく、ひたむきなまでに自由だった。これにつきる。完全な自由なんてないし、あったらタンゴは成立しないから、ある種の美しい制約のなかで、かぎりなく自由だった、ということ。私が愛するひたむきなタンゴの世界がそこにあったということ。

 フロアで踊っている人たち。胸が熱くなるくらいに、それぞれ、踊ることの喜びがあふれていて、踊ること以外の、タンゴにありがちないくつかの、美しくない色彩をあまり見なかったように思う。

 そして、私は踊りながら、ああ、私はこんなにもタンゴが好きだ、って実感していた。それはいま思えば安堵に近い感覚だったかもしれない。好きでいたい、好きなはず、じゃなくて、ほんとに好きなんだ、というしずかな想いだったから。

 タンゴに限らず、この種のことは人生に多くあるように思う。

 人や物事に対して、私はそれを好きでいたい、好きなはず、と思い続けることによって、真実そうなのかどうかがわからなくなってしまうというようなことが。

 なんらかのきっかけ、出合いによって、好きだったんだ、そうでもなかったんだ、ってことがわかるというようなことが。

 

……余韻のなか、これだけのことを考えている、という事実が、「あなたのタンゴにスイッチを入れます」がほんとうだったことの証明ね。

 タンゴだけじゃない。

 新しいことを始めた人たちを見ていて、新しく何かを始める、ということについて、頭のなかでピカって光ったようにも思うから、いまの私に必要な人生のスイッチ・ナイトだったかもしれない。

 次が待ち遠しい。「12月28日(火)に開催するかもです、シン・ルンボのHPチェックしてください」とのことだったので、忘れずにチェックしないと。

 

 シン・ルンボはね、私にとって特別な場。「はじめてタンゴを踊った」ところ。
 なつかしのはじめてのタンゴ物語はこちらからどうぞ。

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