ブログ「言葉美術館」

◆毬谷友子、命のライブ

2016/06/25

M__親愛なる毬谷友子さま 先日は、雨上がりの青山、曼荼羅での時間を、ありがとうございました。 このところの毬谷友子ライブは、私にとって「現実からわずかでも逃げたい」時間から、「現実を見つめ、考える」時間に変化しているようです。どちらも好きです。 毬谷友子さんがいわゆる政治参加(アンガジェ)をなさっていることは、(私自身はツイッターを利用していませんけれど、読むだけはできるので)ネット上で拝見しています。 フランスなんかでは、いわゆるセレブリティが女優でも歌手でも作家でも、アンガジェすることは珍しくもないことです。私の愛するサガンもアンガジェについて多くのことを語っています。それでも日本にはそういう文化がなく、そんななかで、毬谷友子さんの行動は、多くの方々が想像なさっている以上に、勇気ある行動なのだと私は考えます。 ただ、一ファンとして願わずにいられないのは、毬谷友子には毬谷友子にしかできないやり方があると思うから、そのやり方で、注意深く、そして効果的に、その主張を世の中に浸透させていってほしいということです。抽象的な言い方でごめんなさい。 それでも私は、こんなことを言いながらも、いつもいつの時代も一生懸命に生きている人に共通なのは、「このようにしか生きられなかった」という、そんな生き方なのだと知っているので、ただひたすら、毬谷友子を見つめ続けるしかありません。 それにしても、あの日の「アコーディオン弾き」は壮絶でした。いつだったか、大崎のフリーコンサートで聴いた「アコーディオン弾き」を思い出しました。 戦争で愛しい男を永遠に喪った女の、絶望狂気の物語。 戦争の悲惨さのすべては個人の体験のなかにあることを、あれほどまでに体現できるのは、エディット・ピアフと毬谷友子だけでしょう。 いつも、いろんな毬谷友子が舞台にあらわれます。コミカルだったり、妖艶だったり、厳格だったり。 そういうたくさんの顔が、先日のライブはいつも以上に、くるくると、鮮明にあらわれていたように思います。ライブ後のフリートーク、「姐さんと一緒」の時間も含めて、いろんな毬谷友子がいました。 毬谷友子は舞台で何度も言いました。自分の無茶な行動(政治参加)のため仕事をほされるだろう、だからコンサートもこれで最後かもしれない、と。ユーモラスに笑いながら、会場の笑いを誘いながら、何度も言いました。 そんなことを言わなくても、これが最後になってもいい、という想いが痛いくらいに伝わってくる舞台でした。そう、このまま舞台で倒れるのでは、と思うくらいの姿に、私は胸がざわついてしかたがありませんでした。 コンサートが終わり、数日が過ぎて、私はずっと考えていました。こういうひとのことを、どんなふうに表現したらよいのだろう、と。 そして、自分の住む街を、強い日差しのなか、スーパーマーケットの袋を提げて歩いていたとき、思いついたのです。 毬谷友子さん。 貴女のようなひとのことを「愛すべきひと」と言うのです。 これからも、ひっそりとですけれど、応援し続けます。 私はこの春、記念したいほどの絶望を味わい、失踪したかったけれど、できなかったので他のことをしました。それでも生き続けていれば、次の本の原稿を書き、毬谷友子のライブに行き、こんなに強い感動を得ることができます。 こんなふうに思える時間を創ってくださって、ほんとうに、ありがとうございました。 山口路子 ***** 以上は毬谷友子さんへの手紙に少し手を加えたものです。 あまりにも胸にせまるものがあったコンサートだったので、毬谷友子について以前に書いた記事をまとめました。どうぞごらんください。 ◆好きなひと◆毬谷友子◆

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