ブログ「言葉美術館」

◆たいせつな日に

2016/06/21

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自分のなかでどんなにさまざまな問題がうごめいていても、今日という日くらいは、たいせつなものから離れないで過ごしたいと願って、17年前の今日を思い出しながら、そしてその後の17年という月日に思いを馳せながら、私の唯一の、そして絶対的な命のストッパーであり、躊躇なく我が命を差し出せる存在について考える。

一緒に暮らしていれば、それこそいろんなあれこれがあるけれどもいつだって、色あせたことがない宝物について考える。
その宝物が立っているとき、眠っているとき、何かに夢中になっているとき、いろんなことを話しているとき、(あんまりないけど)不機嫌なとき、私にいろんな意見を言うとき……。
私はいつも、へんな言い方だけど、どこかでその宝物の魂にみとれている、そんな気がする。
この、ああ、好きだな、という感情はもちろん血縁ゆえの愛着が多いのだろうけれど、それだけじゃない、人間的な「好み」というのもある。それは最初から感じてた。父親の存在が大きいのだろう。
たいせつな宝物に嘘など言えないから、私はずっと言ってきた。
生きていくのは大変なこと。つらいことが多いし苦しいことも多い。どうにもならないことだって多いし、世界の、日本の暗部に目をやれば絶望の奈落に落ちてゆきそうになる。
しんどいのが基本。楽しいことはご褒美。
ああ。それでも、なんとか生きてゆかなければならない。ナイーブなままでは、純粋なままでは生きられないから、とにかくこの世を生き抜く力をつけてほしいと。
毎年思う。この日は「おめでとう」より「ありがとう」のほうがしっくりくる。
2016年の2月17日は、それほど寒くもなく、乾いた風が吹いた一日だった。

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