ブログ「言葉美術館」

◆覆された宝石

2016/07/14

20160712_2 「天気」
(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとささやく
それは神の生誕の日
 
西脇順三郎の、とっても有名な詩。
けれど、数日前に、お友達からこの詩のことを聞いたとき、私は全然知らなかった。
お友達は、高校生のときの教科書に載っていたこの詩の印象がいまだ強烈だと言った。
先生から「この宝石は、いくつかの宝石でしょうか、それとも一つでしょうか?」と質問され、彼は考えて、たぶん一つだな、と思った、と言った。
私も、聞いてすぐに、「一つ、絶対一つ!」と威張っていた。
詩に関しても、感能力がないことを充分自覚しているけれど、この詩は、彼の口から、音で聞いたわけだけれど、心に残った。
意味などは関係なく、ことばが、形として、心に残った。そんなかんじだった。
そして、色々と調べてみると、この詩は一つの伝説のようになっていて、ほとんど「ものすごい詩」として独り歩きをしていることがわかった。
西脇順三郎は超有名な詩人で、翻訳が壁となって受賞はしていないもののノーベル賞クラスの詩人で、信奉者がたくさん。
私はこの「天気」という詩の、覆された宝石の( )がとても気になった。
そうしたら、このカッコは、キーツの「エンディミオン」からの引用だからカッコをつけたのだと詩人本人が言っていたことを知った。
ああ。またしても、何かが私に起こったのかもしれない。
と、大げさに騒ぎたくなる。
だって、詩に疎い私だけれど、キーツの「エンディミオン」は、ちょっと知っていて、なぜなら『美男子美術館』で扱った絵、ジロデ=トリオゾンの「エンディミオンの眠り」の章で、書いたから。
エンディミオンって、ギリシア神話に登場する人間の美男子で、彼は月の女神セレネに愛されて、永遠の眠りとともに永遠の若さを与えられて、ずっとずっとセレネに愛される、そんなロマンティックなお話。
***
キーツ。二十五歳で夭折したイギリスの詩人。
彼の代表作のひとつが『エンディミオン』。
四千行もある長い叙事詩は、ギリシア神話とはちょっと違っていて、エンディミオンが空や海を放浪して、やがてセレネと結ばれるという内容になっています。
冒頭部分、訳すとこんなかんじです(この詩の最初の一行がとっても有名です。だから英語も一緒に)。
美しきものはとこしえによろこびである A thing of beauty is a joy for ever
その愛すべき魅力はけっして消滅することなく
わたしたちに安らぎと 多くの甘い夢と健康的で静かな眠りを与えてくれる
キーツの美意識が集約されていると評価されている箇所です。
キーツはエンディミオンに「美の永遠性の象徴」を見ていたようです。
(『美男子美術館』「エンディミオンの眠り」より抜粋)
***
西脇順三郎は、この「エンディミオン」の詩のなかの、
a youthful wight
Smiling beneath a coral diadem,
Out-sparkling sudden like an upturn'd gem,
Appear'd
ひとりの若者が
珊瑚の王冠のもと、微笑みながら
覆された宝石のように 瞬間的にきらめく光を放ちながら
現れた
upturn'd gem, これを(覆された宝石)として引用し、引用したことを表すためにカッコを用いた、というのだ。
もうこれだけで、この詩人、好み。 私は、たまたま自分が知っている詩、「エンディミオン」とのつながり、そしてちょうど数日前に終わったばかりの「語りと歌のコンサート」でエンディミオンの物語を話したばかりだったことから、何か運命的なものを感じて、だからここに記録しておこうと思った。
詩の力、についてはわからない。
けれど、言葉の力なら、わかるような気がする。
すくなくとも、お友達から口伝えに聞いて、こんなに心に残る言葉があるということ。
だって、
覆された宝石のような朝
だよ。
こんな言葉、表現があるなんて。
この言葉があらわす、美しいきらめき、神々しさ、希望の粒子……。
ああ。幸せな気分。
今朝はどうだったかな。(覆された宝石)のような朝だったかな。

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