■芸術だけ 「ベートーヴェン」 平野昭■
2016/05/19
「牧人が歌うのを人が聞いて、私には聞えなかったときには、あわや自殺しようとしたこともある。しかし私の芸術だけがそうした思いを引き戻した」
「自殺により生涯を終らせないできたのも、徳と自分の芸術のおかげだ」(ベートーヴェン)
このところベートーヴェンのうずのなかにいる。
あらためて『運命』という楽曲に感動する。
生きることへの不安と肯定とやりきれなさと美しさと優しさと厳しさと……うねるように次々と襲ってくる。
しらばっくれていられない、そういう音楽だと思う。
シューベルトが「モーツァルトは誰でも理解できるけれどベートーヴェンは違う。ベートーヴェンを理解するには優れた感受性が必要だ。失恋などで悲しみのどん底にいなければならない」(←私の記憶によるので細かいところは違うかも)と言ったようだが、うなずける。
私に理解は難しいが、突然にベートヴェンをもとめ、聴きまくっているということは……。
といつもの自己分析がはじまる。好きなのだ、こういうのが。
ところで、さっき、ある勧誘の女性が来た。
突然に尋ねてくる人は本当に困る。
私は今日は夕刻まで化粧をしないで過ごそうと決めていたので、素顔を、他人にさらすことになった。それがすごく嫌だ。
叫びたいほとに嫌だー、と思っている人がいるということを彼女たちはきっと知らない。
苛立ちながら、大音量で、今度は“最期の”『弦楽四重奏曲』を聴く。
あっという間に玄関から隔てられる。これこれ、これよ、と目を閉じる梅雨の午後。