ブログ「言葉美術館」

◆小林可奈の「真紅シリーズ」が好き

2017/04/18

 可奈さんにはじめて会ったのは、2014年の秋だった。そのころは中目黒にあった仕事場で、「アーティストの小林可奈さん」を紹介された。

 私は男性に対しては外見の美に弱くない。つまり、みんなが言う「かっこいいひと」には弱くない。ちなみに私はイから始まってンで終わるカタカナ四文字の言葉を嫌っている。どうでもいいことだが。

 なぜそんな話をするのかといえば、女性の外見的な美には弱い、と言いたかった。もちろん内容が「醜」であれば瞬時にサヨナラだけど、内容も「美」であったときは、無抵抗となる。可奈さんがそうだった。

 まず、可奈さんはフランスの美しい女優アヌーク・エーメに似ていた。私はアヌーク・エーメの大ファンだった。可奈さんにそのことを告げ、ぜひ映画『モンパルナスの灯』を観てほしいと言った。モディリアーニとジャンヌ・エビュテルヌの物語なんですけど、モディリアーニをジェラール・フィリップが、そしてジャンヌをアヌーク・エーメが演じていて、言葉を失うくらいに美しい映画なんです! もちろん『男と女』もいいんですけど、ぜひ、モンパルナスの灯を……っ。

 黒くまっすぐなワンレングス、リトルブラックドレス、シンプルなメイク、アクセサリーは、ほそーいシルバーのネックレスだけだったかな、そして指先はヌード。完璧な人っているものなんだな、と思った。

 私はそのころ、ネイルサロンに飽きて、ジェルネイルをしないで自分でマニキュアを塗っていた(いまもそうだけど)。でもほんとはヌードネイルがよかった。これだけみんながピカピカネイルしてる時代、なんにもしないのが最高におしゃれ、と思っていた。けれど悲しいかな、指が綺麗じゃないからヌードはかなわなかった。可奈さんの指先に私はみとれた。

 可奈さんは東京在住ではないから、しょっちゅう会えなかったけれど、ときおり、路子サロンやそれから私が開催するイベントに参加してくれた。

 私よりも十五も下だけど、そんなふうにはぜんぜん思えなくて、根本的なところで何かが一致している感を抱いていた。

 それから私はフェイスブックを始め、可奈さんの投稿も見られるようになった。可奈さんの投稿は無口だ。それが好きだ。銅版画にしてもいけばなにしても必要最小限の言葉しかない。

 作品を観て。

 私は可奈さんのアーティスト魂(古臭いな、表現が。でも魂ってのがぴったり。スピリット、っていうよりも、もっと強く野太い)をそこに見ていた。

 

 ある日の投稿に目を奪われた。いつもの銅版画ではなく、衝撃的な真紅がそこにあった。ときおり、真紅の作品がアップされるようになった。私はそれをとても好きだと思った。そのことを可奈さんに伝え、銅版画とは別で、これ続けてください、と言った。

 そして三点、作品を購入した。そうです、小林可奈の「真紅シリーズ」をはじめて買ったのはこの私よっ、と自慢したくてこれを書いています。

 それからまたときが経って、私のホームページが新しくなって、「ゆかいな仲間たち」のコーナーができた。

 ある日、可奈さんと銀座の地下のすごくレトロな喫茶店で、ここではとうてい書けない秘密の会話をして、その帰り際私は言った。

「可奈さんは、ゆかいな仲間たち、っていうイメージじゃないけど、それでもゆかいな仲間たちに加わりませんか?」

 可奈さんは快諾してくれた。こうして「ゆかいな仲間たち」に「真紅シリーズ」が加わった。

 私はほんとうに、このあたりの人たちに関しては、恵まれていると思う。

 「真紅シリーズ」、ぜひご覧ください。

 可奈さんの真紅シリーズに、ずうずうしく私の言葉を絡ませてみたらどんなだろう、一度そんなことをしてみたいと夢想している。

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