ブログ「言葉美術館」

■大庭みな子■「それもまた自分の欲望」

2017/06/12

「自分が一本の道を歩いていて二者択一を迫られるとき、ひとはしばしば自分の利益にならない、欲していない方を選ぶこともあります。
けれど考えようによっては、そうすることで自己満足しているわけですから、反対の道もまた一つの慾望と言えるでしょう。
人間とはときに不可解な慾望を持つ生き物です。
そしてそれが人間の特性といえるのでしょう」

欲していない道を選ぶこともまた本人の欲望、人間とは不可解な欲望をもつ生き物。

たとえば「まつわりつく小さな娘」のために大学に残って研究を続けることを諦める。
たとえば夫の転勤についてアラスカにゆく。
大庭みな子はそういう過去をふりかえって、それも自分自身の「一つの欲望」なのだ、と言う。

彼女の、こういう視線に共鳴する。

だれのせいでもない、自分自身の選択なのだ、欲望なのだ、という人生のとらえ方。

この本、『魚の泪』については、以前にも書いた。今回は小説を書くことについて考えたくなって、旅先に持って行った。
収穫は多く、「ああ、彼女もそうなんだ」と安堵した部分もあった。

彼女がデビュー以来発表し続けてきた文学作品はだいたいが数年昔のものに手を加えたものであり、なかには十年以上も昔のものもあるのだという。

「作品はある期間寝かせておくと、空間のひろがりを冷静に判断することができます。失われた情熱や感覚が、落ち着いた苦しさで戻ってきて塵を払いのける仕事がやり甲斐のある作業となります」

いくつもの作品が、頭に浮かんだ。ずっと寝たままの作品が、「失われた情熱や感覚が、落ち着いた苦しさで」戻ってくるように思えた。

頭のまんなかがしんと落ち着くような、そんな瞬間をもった。

 

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