ブログ「言葉美術館」

■中田耕治■「誘惑」

2017/05/26

どんな男でも、その胸のなかには、自分との関係で、すべての女たちと違った一人の女のための場所をとってあるものだ

性愛を描いて、なけるほどに生をうたえる作家はとても少ないと私は思う。「誘惑」を読んで、私は涙を流さずに泣いた。

そこに人間の美しき多様性があり、かなしさ、いとしさがしずかに、淡々と描かれていて、淡々としているのに、とても熱く叫んでいるように、感じられたから。

そして私は、私も、自分のうちにわきおこり、育ちつつある奇跡の物語を書きたいとほとんど祈るように思った。ずいぶん時間がかかるかもしれないけれど、いつかきっと、書く。

いくつもあるなかで、とくに残った一文をもうひとつ。

何かを見つめるということは、このうえなく孤独な行為のような気がした

最近、私は何を見つめただろう。

息をつめて、すべてを瞳のうちに吸収してしまいたいと願うほどに見つめたものは何だろう。

秋の朝陽が、まだ色の変わらない木々の葉をつきぬけるように洩れて、少しだけ開いた窓からは澄んだ空気がすうっと入り込んで、部屋には「THE HOURS」のサントラが流れて、一日が始まろうとしている。

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