■中山可穂■「ケッヘル」
2017/05/26
「真に人間らしい人生とは、中心に愛のある人生のことだ。
誰かをひたむきに愛し、愛される、薔薇色の不安に満ちあふれた人生のことだ」
今年の六月に刊行された中山可穂の最新刊を、ようやく読んだ。
大好きな、たぶん、現在活躍中の作家のなかで一番好きな作家だから、読みたくてたまらなかったけれど、ずっと読めなかった。
自分自身の状況がそれに適応していたなかったからだ。
中山可穂の作品は、読むのに「覚悟」がいる。
こんな作家も、私にとっては、今生きている作家の中では、一人だけだ。
以前に坂口安吾のときにも書いたけれど、もう無条件に好きなので、批評などできない。彼女が書いた一言一句がいとおしい。
何より、ほんとうに美しい。
『ケッヘル』はこれまでの彼女の作品とは趣が違っていて、ミステリー仕立てになっていて、今までの、人の感情というものをぎゅっと凝縮したような作品ではない。
いろんなドラマがあって、もしかしたら、他の作家の作品に近いかもしれない
。
けれど、やはり、作者は中山可穂なので、そこかしこに、どうしても彼女の情熱が溢れてしまっていて、それがたまらない。
中山可穂の感受性というものに、あらためて惚れ直した本だった。
「プラハの石畳は、謎めいた美しい女の背中に似ている」だなんて、風景を描いてもそれが風景にとどまらずに官能的であったクリムトや、木を描いてもそれが木ではなく、死への畏れであったシーレのようだ。
読んでからもう五日も経つのに、心身から離れない。
もうここまでくると、このような作家と同時代に生き、リアルタイムでその作品を読むことのできる幸せを感じてしまう。