■中山可穂■「熱帯感傷旅行」
2017/05/26
「なぜわたしはこんなところで、ひとりっきりで、こんなにも美しいものを見なければならないのか?」
無音の悲鳴を聞いたように思った。
みごとな一文だと思った。
失恋の痛み苦しみは、身体が弱ったときや、つらいこと、醜いことにぶちあたったときにも、痛感するけれど、やはりもっともこたえるのは、美しいものにふれたときだと思う。すくなくとも私はそうだ。
大好きな中山可穂の作品には、共感を超えた感動を多々味わっているけれど、やはり、自分は彼女よりそのエナジーが少ないだろうけれど、似た何か……やけどするくらいに熱い何か……を感じるから、ゆえに、大好きなのだろう。
この紀行エッセイは、失恋した中山可穂が、そのひとを忘れるために一人旅に出る。
けれど……。旅のさきざきで、甦る記憶。
「わたしのたったひとつの望みは、記憶喪失になることだった。あのひとにつながるすべての記憶を忘れたい。忘れなければ生きていけない」
日常に忙殺されて希薄になっている情熱にふれることができて、やはり、大好き、中山可穂、としみじみ思う夜。