◎Tango ブログ「言葉美術館」

◆ネフェリに捧げるタンゴ

 このところの私のテーマは、好きな人たちに自由を与えること。恋愛感情を抱いている人に、情愛感情を抱いている人に、友情感情を抱いている人たち、すべてに。
 私のようなエゴのかたまり、自己中心的な人間にとっては、難易度が高いことはわかっている。でも、たぶん、私はずっとそれをしてこなかったのだ。
 それを感じさせる出来事が立て続けに起こったものだから、自分に愛情というものが少しでもあるなら、自由を与えることだって可能ではないか、そう思って、「がんばっている」。
 表面的にはできている、と思いたいけれど、できていないかな、どんなに言葉で自由を与えても、ふとした表情とかに、あらわれてしまっているかな。
 そもそも、こういうことって「がんばって」することではないのだろう、それも承知の上で、している。トライ中。
 なぜか、と自問すれば、結局のところ、愛されたいから。という結論にたどりつくような気もしているけれど。
 それでも、慣れないことをしているから、やっぱりしんどいみたいで、霞がかかったような気分が続いていた。
 そんなある夜、タンゴバーで踊った曲、それは、はじめて聴いた曲なのだけれど、ひどく胸に沁みた。懐かしい香りがした。
『To Tango Tis Nefelis(ネフェリに捧げるタンゴ)』という曲だった。
 もとはギリシアの曲で、歌もギリシア語。それを知って、ああ、だからかな、と思う。
 人生でベスト3に入るギリシア旅行、いまから20年前の、あのギリシア旅行。
 真夏の、からっからに乾いた風と、嘘のように強く照りつける太陽。でも私は日焼けなんか気にしなくて彼と手をつないで、遺跡をがんがん歩いた。ミコノス島のヌーディストビーチでは、ビキニの上を脱いで泳いだ。オープン・エアのタベルナで、ギリシア名物の松脂ワイン、レッチーナをたくさん飲んだ。そして私はギリシア音楽に魅せられて、CDを買って帰り、しばらくは夢中になって聴いていたのだ。
 だから、懐かしく、胸に沁みたのかもしれない。両手をこれ以上は無理なほどに大きく広げて大好きと叫びつつけているような恋愛が懐かしい。
『To Tango Tis Nefelis(ネフェリに捧げるタンゴ)』
 
 ネフェリって、ギリシア神話では雲の精。
 ネフェリは美しい髪に黄金に輝く布をまとって、ブドウの木の下にいる。
 そこにふたりの天使がやってきて、この天使たちはネフェリに恋焦がれているのだけれど、恋情がつのりすぎたからなのかどうか、ちょっと屈折した感情を抱いて、ネフェリにザクロと蜂蜜を食べさせてしまう。ザクロと蜂蜜。これを食べてネフェリは自分の欲望を失ってしまう。そんなネフェリを精霊たちがからかったりちょっといじめてみたりする。ヒヤシンスとユリの精が、ネフェリの香りを盗んでまとったり、キューピッドが愛の矢を射て、彼女をからかったり。全知全能の神ゼウスはそんなネフェリを哀れに思って、永遠の若さの水を与えて、彼女を雲の精にして、彼らから隠してあげる。
 以上、私の超訳。なので引用などなさらないほうが無難です。
 私、ザクロと蜂蜜を食べたい。
 
 それと、「雲」からゲンズブールの言葉を思い出す。
「人は俺の歌を暗いと言うが、俺は雲が好きなのに、どうして青空を歌わなくてはならないのか?」
 私もおんなじ。
 
 それもあって、あのとき、はじめて聴いたこの曲が、胸にしみたのかな。
 懐かしさのほかにもたしかに、私に寄り添って慰撫してくれる、そんな香りがあった。
 今日もさびしいから、この曲を流して、仕事を進めよう。
*写真は、雑誌「フラウ」に掲載された特集記事。ギリシア旅行のことを短編小説にしたもの。1998年だって。おおむかし。
 
 You Tube のリンク貼っておきます。そんな気分の方はどうぞ。

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