◎Tango ブログ「言葉美術館」

◆中山可穂の「書く」覚悟と私の汚れ

  

 昨夜、自分のしゃべりをラジオでオンタイムに聴いて、うちひしがれている。いつものことだ。朗読やトークイベントのあとに起こること。なんて魅力のない話し方なんだろう、何度も何度も経験しているのに、どうして、こんななのだろう。中田耕治先生のように、語れるようになりたい。いや、そんなこと無理だけど、せめて、もっと近づきたい。聴いている人をひきつける、そんな語り。

 自分のしゃべりを、ラジオ番組に出て50分も話している人のしゃべりを、第三者として聴くと、その人(自分自身)の底の浅さ、軽薄さがよくわかる。どんなに、そうじゃないふうに装ったって、こんなに出ちゃっているよ。

 8月の下旬はなにかと予定が入っているので、とにかく、それまでは、予定を入れないようにしているから一週間くらいは予定表はブランクのまま。原稿を書くための時間だ。日常に余白がないと、原稿は進まない。

 精神を研ぎ澄ませるため、なんて意識しているわけではないけれど、食べることに無関心になり、やせてゆく。この年齢で、これ以上やせたら、美からますます遠ざかる。孤独、さびしさから昔の悪癖に手を出したらやめられない。身体に有害物質を送りながら、もっときれいになりたいだなんて、どうかしている。矛盾だらけだ。

 そして、最大の問題。創作意欲が沸かずに苛立つ。次作のための資料読み段階で、本を読みまくり、ようやく、だいたいの参考文献には目を通し、もう書き始められるはずなのに、最初の一歩が踏み出せない。

 そんな状態をどうにかしたくて、本棚の前に立つ。中山可穂の唯一のエッセイ集『小説を書く猫』を読みたかった。敬愛する作家の、「書く」ということについて語っている文章が読みたかった。 

 今回、もっとも胸に響いたのは、彼女が2002年に書いた「静かに狂うべし」というタイトルのエッセイ。

 ちょっと長いけれど引用する。自戒のために。そして、この「言葉美術館」を読んでくださっている、すべての芸術家のために。

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 わたしの場合、長編を書いているあいだは、社会生活は破綻する。まず人に会えなくなる。前々から約束していも筆がのってくるとキャンセルしてしまうので、できるかぎり人と会う用事はとりつけないようになる。今、わたしはパートナーと暮らしているが、別々に暮らしていたときには、長編執筆中につきデート禁止令を出したほどである。書き上げるまで会わない約束だったのに、何しろ熱愛中だったので、一章書き終えるごとに少しだけ会った。声を聞いてしまうと里心がつくので、電話もなるべくかけないようにし、メールで文通したりした。あれはあれでなかなかせつないものだった。
 しかし、わたしたちは今一緒に暮らしている。こうなると顔を合わせないわけにはいかないが、デートはお預けになるし、わたしはピリピリしているので、家の中の空気が不穏になり、すなわち家庭生活も破綻するのではないかとおそれている。集中しているときは雑談さえしたくなくなるのだから、わたしと暮らす相手はつくづく気の毒だと思う。
 このように、わたしのような作家にとって長編に専念することは、多くのリスクを伴う。収入が減り、友人をなくし、恋人すらなくしかねない。それでも、量産して作品のレベルを落とすくらいなら、生活のレベルを落とすほうがいい。
「想いはたかく、暮らしはひくく」
 というワーズワースの言葉を実践できるほどわたしは立派な人間ではないが、たくさん書きすぎて自分の本当に書きたいことがわからなくなってしまうような愚は避けたいと思っている。

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 読んでよかった。自分がいかに汚れてきているか、よーくわかった。泣きながら私は自分にしみついてしまった汚れをごしごしと落としたいと願った。どんなにこすっても落ちないだろう、汚れを、それでも。

 生活をしてゆくためにしなければならないこと。情けない想いのなかでミシンをかけたり、嫌いな金銭の計算をしたり、よそゆきの顔で社交をしたり。そんな毎日から学ぶことだってあるはずだけれど、どんどん、自分が芸術から遠ざかっているようで、嫌だ。

 このエッセイ集には、中山可穂が『サイゴン・タンゴ・カフェ』を書いたときのものが、ふたつある。タンゴの世界に身を浸してから読むそれらは以前とはまったく違った味わいがあった。「タンゴを踊っているあいだに、世界が終わったとしても」と「ブエノスアイレス朦朧紀行ータンゴと不眠症とサブマリーノと」だ。

 映画「ブエノスアイレス」と「花様年華」についてのもあって、あらためて、じっくりと読んだ。

 それから、ずっと前に購入して、気持ちがそっちに向いたときまで、ととっておいた『娘役』を読んだ。さらに、もしかしたら新刊が出ているのかもしれない、とネットで検索して衝撃を受けた。今年の2月に『ゼロ・アワー』が出ていた。テーマは、アルゼンチンタンゴ。やっぱり、と思った。『サイゴン・タンゴ・カフェ』で、彼女のタンゴの物語は終わらない、と思っていたからだ。すぐにオーダーした。いつも本はなるべく安くユーズドで購入するけれど、中山可穂のだけは、新刊で買う。印税の重要さを知っているからで、新刊を買うことで少しでも応援したい、書き続けてほしいからだ。

 でも、読むのが、心底、こわい。

*2011年の5月にこの本のことはちょっと書いています。

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