■「ロルカ――スペインの魂」中丸明■
2019/04/01
ずっと読みたかった本を昨晩ようやく手にとった。
少し早めにベッドに入って少しだけ読書して眠るつもりが、夢中で読みふけってしまった。
精神が緊張してしまって、なかなか寝つけなかった。
ガルシア・ロルカという詩人を、あらゆるところで「目撃」(スペイン戦争とかダリとかブニュエルとかあたりをふらついていると必ずロルカがいる)してはいても、なぜかふれることのないままここまで来てしまった。
たぶん、スペイン戦争とふかく関係があるから避けていたのだと思う。ここのところ長い間戦争とかそういうものを意図して避けていた。
それで、中丸明氏のこの本は、とても面白かった。
著者の
「日本にはロルカの権威がいて彼に関する本もすでに出ているけど、ぼくはぼくのロルカを書きたいんだ」
という思いが、私には感じられて、著者の個人的なロルカ体験も楽しく、とても惹きつけられた。
そしてスペイン戦争(内戦とは敢えて呼びたくない)に対する今までの自分の考えについても、再考しなければ、という気にさせられた。
たとえば私が「特別な一枚」としているピカソの『ゲルニカ』についても、今一度。
ロルカはスペイン戦争のはじまった年に殺された。三十八歳だった。
すぐれた詩人であることや『血の婚礼』などの戯曲の存在は知っていたけれど、私はこの本を読むまで知らなかった。
「フラメンコの本場アンダルシアですら埋もれかけていた土着のフラメンコを再発掘し、こんにちに見るような華麗なフラメンコの温床を築いた男」だとは、まったく知らなかった。
中丸明氏によってあぶりだされたロルカの生はあまりにも熱かった。
読後、眠れなくなった私のなかに、遠い日のあるイメージが浮かんだ。
あの日のタブラオ、フラメンコの衝撃。
むわっと押し寄せる汗と吐息のかたまり、絶頂の瞬間のようなギターの音色、煽りつづける弦、ぎらぎらとしたまなざしのおそろしさ。必死で愚かで単純で熱い。
私は自分の失われた情熱をまざまざとつきつけられようで落涙しないでは観ていられなかったのだ。
自分の生の薄さと性の不在をつきつけられたようで苦しかったのだ。
そんなことを思い出して、さらに眠れなくなった。
一冊の本でこんなにも鮮やかによみがえった記憶に翻弄されて、今朝はちょっとお疲れモード。外はうす曇り。