◎Tango ブログ「言葉美術館」

◆「La Noche del TANGO」タンゴの余韻のなかで

 こんな余韻たっぷりのなかで書くのはいつも以上に感情が出てしまうから、たぶん、あとで恥ずかしくなるようなことを書いてしまうのだけれど、それを書きたいと思う。

 昨夜は「La Noche del TANGO SLIM」、タンゴナイトで踊ってきた。

 恵比寿のアクトスクエア、ロマンあふれる空間でのミロンガ(←タンゴのダンスパーティーのこと)。

 数ヵ月前から楽しみにしていた。

 こんなに広い空間での、そして200名を越す人々が集まるミロンガは、私にとって初体験。わくわくしすぎて昨日は昼間仕事に集中できなかった。

 360度スクリーンに映し出される、心をかきたてる、そしてフロアで踊る人々をさらに魅力的にみせる映像と、次から次へと流れる曲の素晴らしさ。素晴らしさ、と言っても、私はまだまだ「ふんふん、これは、あれね」なんて言えるほど詳しくはないけれど、私なりに「感じる」ことはできる。

 この曲の後にこの曲、というそのつながりの心地よさ、ときには、意外性で胸が高鳴る。そういう選曲だった。
 全部踊りたい、ってそう思える選曲。

 踊っていないときは、フロアの人々を眺めていた。

 ステップは見ない。その人の表情、パートナーとの距離感、空気感、私はそういうのを見るのが好きだ。

 そうしていたら、泣けてきた。もちろん、涙を流すってことじゃない。私がミロンガで泣いてたらこわすぎる。

 タンゴに魅せられている人たちが愛しくて、胸が熱くなってくる、そういう感じ。

 個人的に食事をしたら、いやだこのひと、っていう女性も男性も、私のことだから多いのだろうけれど、私はタンゴを踊っている人が、好きなんだなあ、ってあらためて思った。

 若い人たちも、高齢の人たちも、タンゴという共通項で集うという、そのことが、なにか私にはとても愛しく思える。

 タンゴを始めて一年が過ぎて、何人かのお友だちもできた。

 彼らは、女性も男性もドレスアップしていて、男性のスーツ姿なんかには胸きゅん。

 けれどなにより女性たちの美しいことといったらなかった。
 彼女たちのドレス姿に、私はもうそれだけで、じーんとしてしまった。
 一夜のタンゴの夜のために、メイクをし、ドレスを選ぶ。そのときの彼女たちの時間を想像して、あたたかな気持ちになった。

 昨夜は何人の人と踊っただろう。23タンダ(たいてい4曲で1タンダっていうの)のうち、何人と。よく踊る人も、はじめての人もいた。タンゴ自体がまったくはじめて、という男性とフロアのまんなかで、右左に動いているだけなのも、楽しかった。ああ、これもタンゴなんだなあ、と思った。

 いつものように私は、踊っている間は、その人の色に染まりきって、そしてすこしだけ私の色に染めたい、という想いで踊った。

 まだぜんぜんステップなんかもだめで、「あ、いまのところ、ついてゆけなかった」とか「あ、またぐらついちゃった」とか頭をよぎることはある。でも、そんなことはどうでもいい、とミロンガでは思う。レッスンでは頑張るけど(←強調)。

 踊っている人との間に、刹那の密接な関係性をつくりたい。

 それは、恋愛とも性愛とも違う。似て非なるもの、ってこのこと。

 そして密接な関係を作るというのは、その人とびったりくっついて踊るという意味でもない。

 身体を離したスタイルでも、身体をつけたスタイルでも、関係性、ふたりの間に流れる、あのなんともいえない、共鳴のわずかな電流みたいなのが、私は好きだ。

 23時近くなって、18時半から始まったミロンガが終わりに近づいてきたころ、私はこの時間が終わるのが悲しくて、むしょうにさびしくなった。

 と、同時に、人々でいっぱいのフロアを眺めながら、胸のなかで、このミロンガを主催した、なかやまたけし先生と、そして奥様のあやちゃんに、心から「ありがとう」って言っていた。

 毎週のレッスンでお会いする関係で、たけし先生とあやちゃんが、どれほどの想いをしてきたか、その片鱗くらいは知っていた。

 私もイベントを企画するから、その大変さはわかる。
 私のイベント程度で、あの大変さなのだから、こんなに大きなイベントとなると、いったいどのくらいのものだっただろう、と想像して、またまた胸がいっぱいになった。

 よくやるよなあ、とか、無茶だよなあ、とか思う人はいたかもしれないな。
 あんなに素敵なスペースで人数が集まらなかったら大変なことになるもの。
 でも、たけし先生の、周囲からみれば「ちょっと無茶じゃないの」と思われるようなことを実現しようという信念が、この素晴らしい夜を作ったのだ。

 タンゴに限らずいつでもそうだ。何かをなす人、何かを変えてゆく人というのは、周囲からどんな目で見られようとも信念を曲げないで行動する人なのだ。

 あらためて、たけし先生に師事し続けたいと思ったし、たけし先生を支え、すっごく大きな存在となっている奥様のあやちゃんを応援したいと思った、そんな夜でもあった。

 ラストタンダ。

 黒のミニワンピースに着替えた綺麗すぎるあやちゃんがたけし先生とフロアに出るのをちらりと見て、そして私も憧れの人とラストタンダを踊った。

 最後の曲はクンパルシータ。

 私は、あのクンパルシータを忘れないだろうと思う。

 ラストタンダを踊るたけし先生とあやちゃんを見たかったな。

 でも、いま、目を閉じれば、くっきりと浮かぶ。ラストタンダを踊るふたりの姿が浮かぶ。またまた泣けてくる。妄想っていうのかな、こういうのも。

  昨夜は踊っている最中に世界が終わってもいい、って思えた。

「殺されるなら踊りながら殺される」ってアナイスは言ったけれど、私も同じ。

……ああ。ほらね。こんなに感情が高まって書いてる。でもいいの。

 そんな奇跡的な時間を作ってくださったことに、こんなに感謝している人がここにいます、ということ、そして、私はますますタンゴに惹かれています、ってことを伝えたかったのだから。

 写真は昨夜のチケット。ナンバーに注目。レッスンのとき、ちょうどチケットができてきたばかりと聞いてすぐに購入。「001」(自慢)。チケットとかとっておくタイプじゃないけど、これは特別。

 そしてチケットの隣は、昨夜のミロンガのために用意したアームアクセサリー。

 タンゴは私に与えられた人生のプレゼント。大切にしたい。

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