◎Tango アルゼンチンタンゴ ブログ「言葉美術館」 私のタンゴライフ

◾️タンゴって、つれない恋人みたい

2023/09/10

 

焦ることと、意欲をもって臨むことはまったく異なる。と自分に言い聞かせる日々。仕事もタンゴも。

 新しい本執筆のための資料の7割に目を通し、つまり、6冊の分厚い本を読み、10数本の映画を観て、ひとり食事しながらネットで情報を集め、さあ、そろそろ、パソコンに向かって、一行目を書き出せるでしょ、という時期をむかえている。

 しかーし、毎度のことながら、この一行目までが、また遠い。イメージがもっと明確にならないと書き出せない。少しずつ、見えてきてはいるのだけど。

 締め切りがあるから、のんびり、「イメージがねえ」なんて言っていられないということもあって、ちょっと焦っているから、最初に書いたようなことを自分に言い聞かせているわけ。

 それで、そんなときは机に向かっていたってしょうがないから、と言い訳をしながら昨夜も「タンゴサロン・ロカ」へ。

 ちょっと前に、私のタンゴの先生、なかやまたけし先生からある画像を送っていただいて、それはとてもインパクトのあるもので、先生に「ブエノスアイレスのミロンガに行くのが怖くなっちゃった」と言ったくらい。

 今秋公開予定の映画「ミロンゲーロス」の予告編なんだけど、タンゴを愛する人たちのインタビューで構成されていて、みなさんご高齢で、それぞれの意見を、情熱的に話していて、なかには、「昔は良かった」的な、私が好まないのもあったけれど、いくつか残ったものもあった。

 そのひとつが、楽団によって踊り方は異なる。どの楽団のも同じように踊ってはいけないのに。

 というもの。

 有名なところでいえば、ダリエンソ、プグリエーセ 、ディサルリ、トロイロ、デ・カロとか。

 インタビューでは最初の3人の名前があがっていたかな。どうだったかな、見直すのがちょっと億劫。

 とにかく私は、この言葉を聞いたとき、「え、ぜんぜん、わかんなーい」と絶望的になり、それを昨夜のタンゴサロン・ロカで先生にうったえたのだった。

 もう、私は決定的に、音に対するなにかをもっていないんだと思います、しくしく。まだ、これは誰、とかわかんないんです、めそめそ。だから、楽団によって踊り方を変えるなんて、もう……、ばたっ。

 そうしたら先生は、「踊ってみましょう」と。

 そして、ダリエンソ、プグリエーセ 、ディサルリを1曲ずつ、バルドッサという基本的なステップだけで踊ってくださった。

 3曲踊り終わったあと、私は言った。「ああ、わかりました」と。

 ええ、ぜんぜんわかっていないかもしれないけど、私はたしかに、体感した。

 一曲一曲、まるで違う。すべて同じステップなのに、まるで違う。周りから見た動きだって、すっごく変化があるわけではないだろう。けれど、ふたりを包みこむ空気感、相手から伝わってくる熱、その温度。気の躍動。

 踊っている私にははっきりと感じとれた。

 その楽団の、演奏者の個性、というのかな、それをそのひとなりにどう感じとり、自分なりに理解して、それをどのように表現するのか、ということなんじゃないかな。

 たけし先生は、言葉で教えるひとではないから、もちろん、言葉もあるけれど、踊ることで私に教えてくれた。

 私は3曲の違い、3人の違いを布地に例えた。極上のリネン、極上のシルク、極上のコットン。まるでそれらを素肌にまとったときのような感覚の違いがあった。それぞれにすごく気持ちが良いのだけれど、その質が違うみたいな。

 タンゴって、ほんとに、飽きない。

 知れば知るほどにどんどんわからなくなり、あるとき、ちらっとなにかが見えたような、知ったような悦びがあり、またわからなくなり、その奥深さに憧れる。

 まるで、めちゃくちゃ魅力的な恋人みたい。ちょっとつれない恋人ね、その場合。

 終わりのころに「バンドネオンの嘆き」という曲を、たくさん聴かせてくださった。楽団によってまるで違う曲に聴こえる。そしてどれが自分の好みなのか、ということもわかる。

 私も自分なりに、ひとり、そんな聴き方をすることもあるけれど、やはり、誰かと、あれこれ話しながら聴くのは、楽しいし、ほかのひとの言葉から自分のなかにある感覚が明らかになることもある。

 そう、それが私にとっては肝要。

 タンゴにかぎらず、なんらかの刺激を受けたとき、それを私自身がどのように感じ、とらえるのかということ。それが周囲から見れば、間違っているとしても、いいの。私が欲しいものは、もう、はっきりしているから。

 私は私自身の欲望に対してだけは、ほかは不実だらけだとしてもね、迷いながら、泣きながらでもね、けれど、さいごのさいごのところではやはり、自分自身の欲望に対してだけは、忠実でありたい。

 写真は、濡れた雌しべを剥き出しにして、むせかえるほどの芳香をはなつ、ブルーモーメントの百合。ワインに酔いながら撮った一枚。

◾️映画「ミロンゲーロス」予告編はこちら。

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