◾︎書評と、いちばんいい季節とリンドウと
今日はおそらく今年1番、仕事に長時間集中できた日ではないか、と思う。
お昼前からはじめて、気づいたら夜中の12時をまわっていた、ってかんじ。途中、サンドイッチをもぐもぐしながら書いていたような気がするけれど、ほとんどパソコンにむかって、次作の本文を書き上げた。
12時すぎに帰宅した娘が仕事場のドアをあけ、ただいまー、と言った。私は娘に言った。ねえねえ、今日のペースで毎日書けたら年に10冊は余裕だわ、年に数日しかないところが問題よ。
今月中には、すべてをあげたいと思って進めている。
そんなところに、ある本の書評の依頼があった。書評は苦手だなー、とまず思ったけれど、大好きな本だし、尊敬する方からの依頼なので、お引き受けすることにした。
バックナンバーも送られてきて、それらに目を通してみれば、みんなすごーくちゃんとしていて、私はほんとうに心配になってきた。
体力もさすがに限界にきたので、シャワーをあびてワインを飲みながら、そういえば、私の本の書評というか、解説を書いてもらったことがあったな、と一冊の本を開いた。
「うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ」。ノンフィクションライター、書評家の千葉望さんが「解説」を書いてくださっている。それを読みたかった。
読んだのはほんとうに久しぶりだった。何年ぶりだろう、というかんじ。去年だったか、この本の朗読をユーチューブにアップするということをしたけれど、解説は朗読に入れていないし、それに、本が出たとき読んだ印象があまりよくなくて、再読を避けていたのだ。
ところが、私は、今、千葉望さんの「解説」をすばらしいと心底思っている。
36歳のときに書いた本だ。いまから16年前。あのときにはわからなかったことが、たくさん、「いまならよくわかる」こととして、たくさん散りばめられていた。
千葉さんが「解説」をお書きになったとき、私たちは会ったことがなかった。
「さて、文章を通じて私に見えてきた山口路子という女性は、徹底した自己愛の人である」と始まり、前作の「彼女はなぜ愛され、描かれたのか」という美術エッセイにふれ、「実はそこでも本当に描かれていたのは山口路子その人であった」と言う。そして本書も「本当のテーマは彼女自身なのだ」と。
作家としては、これはけっして褒め言葉ではない。でもいまならわかる。千葉さんの言うことは正当なのだと。
「自分はいったいどんな人間なのだろうという問い。自分をもっと知ってほしいという欲望。両方とも山口さんにおいてはひそやかなものではなく、熱帯地方の花のように強い芳香を放って、読む者にまつわりついてくる。ある人は同質の香りに引き寄せられるだろうが、人によっては強烈すぎてむせてしまうかもしれない情熱が、この人の持ち味である。」
「文章のすべてに山口路子の印が押され、彼女の香水が撒かれているようだ。充分な甘味とアルコール度を含んだ文章。だが山口さんは酩酊しきっているわけではない。グラスを傾け、空になった葡萄酒の瓶を倒しながらも、目はどこかで醒めている」
「じっとりと湿ったような文章を私は嫌うが、山口さんの紡ぐ世界はたとえ霧を描写していたとしてもどこか乾いている。それが彼女の本当の才能だと思う。」
これは最初読んだときも嬉しかった箇所。
けれどその後、千葉望さんは、私に対して、ようやく、ものを書く人間に欠かすことのできない客観性を持ち始めたのだから、そこをもっと磨いてほしい、と言う。「剛直な精神」を持ってほしいと。
16年前、私は、こういったところが、「あなた、まだまだね」と言われているようで嫌だった。真実を言い当てられたからだ。あのときはそれさえも認めなかったけれど。
いま、私が「うっかり人生…」の「解説」を書いたとしたら、おそらく、かなり近いことを書いただろうと思う。
そして強く思うのは、私、この本がとても大切だということ。稚拙ではあるけれど、ほとんどタブーなしで書けているから。
一方で、千葉さんが書いてくれたような「強烈すぎてむせてしまうかもしれない情熱」がいま、はたしてあるのかと、おそろしい不安に襲われもする。
この世に1冊だけ残せるなら「女神ミューズ」。2冊残せるなら「うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ」を加えたい。
ようするに、それを超える作品を発表できていないということで、そろそろ、いいかげん、どうにかしないと。
もちろん小説も書きたいけれど、「うっかり人生……」のような、エッセイも書きたい。「うっかり人生……」は25歳から35歳の10年間のことを書いている。その後となると35歳から52歳? ちょっと長すぎるかな。私の半生、みたいになってしまうかも。でも、書きたい。「自己愛」の人ですから。それに、あのころよりはずっと客観性もあるはず……だから。
先日、親友と電話で長話をした。彼女は最後のほうで言った。「路子さん、私があなたに会ってからいままでで、いちばんいい季節を過ごしているんじゃない?」
34歳のときからの友の言葉。
写真はたいせつな記念日に飾った花。隣のお花屋さん、リンドウがとても美しくて。
エンドレスで流れている曲はセリーヌ・ディオンの「To Love You More」。