ブログ「言葉美術館」

■「匂いのエロティシズム」 鈴木隆■

2016/06/11

110727_100001久しぶりに香水を買った。

ディオールのポワゾン、シャネルのナンバーファイヴ、アルマーニのジオ、ディオールのデューン……。

いまはシャネルのCOCO。

ときどきゲランのアンソランス。

香水は、ちゃんとしたところで買うのが好き。

大切なものだから、そのときの空気感を大事にしたい。

だから空港の免税店とかそういうのではなくちゃんとしたところで買いたい。

そして箱のデザインとかにうっとりしながら、開ける瞬間が好き。

香水を買ったら、読みたくなった本が「匂いのエロティシズム」、なんどか読んだけど、面白い。

序章で著者は「人のからだが必然的に発してしまうにおいが時として極めてエロティックなものになり得るということの意識の大きさ」を認識し、人間にとっての「におい」の意味と価値を考えたい、と言う。

そうしてあらゆる方面からアプローチする。

媚薬、フェロモン、体臭、香水……。

この本は匂いについていろいろと考えさせられる。

そしてあらためて思うのはいまみんな体臭を悪臭ととらえ、加齢臭とかナントカ臭とか言って攻撃して、若いひとたちまで消臭に夢中になっているけれど、ほんらい、いわゆる異性をひきよせるためのフェロモンなるものは、人のからだから出るものなのだから、それを消すことに夢中になるのはおかしい。

香水だって、その人の体臭とまざりあって、独特の香りになるのだから。

でもたしかに、くさいものはくさい。

私はにおいに敏感で犬みたいと言われているから、そういうのにもうるさい。

それでもそれは私の好みの問題。

ある人が、たまらなく嫌、と思う人の体臭も、ある人にとってはたまらなく好きな匂いになる不思議。

この本を読んでいると、体臭の薄いひと=薄いのが好きな人=性度の低い人って式が成り立つような気がしてくる。

気になってくんくんしてみるけれど、自分のにおいは自分ではわからない。

周囲の人たちの言葉から判断するしかない。

自分のにおいを、他人として嗅いでみたいなあ、とまた朝からくだらないこと考えてる。

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