◎Tango アルゼンチンタンゴ ブログ「言葉美術館」 私のタンゴライフ

■バンコク(のホテル)滞在記*7■

2023/09/10

 こんな退屈な旅行記でも、おもしろく読んでくれている人がいることに驚く。

 お友だちのひとりは、初回から「路子さんの旅行記大好きです、生々しくて」とメッセージをくれたし、ほかの人たちからもメッセージが届く。そして今日は久しく会っていない年下のお友だちから「はまってますー、続き早く書いてください」ってメールが。

 おだてられて伸びる性質の私は、それだけで「最後まで書くか」という気になる。

 昨夜は、前回の「飽きた」という私の言葉に反応して、「あの、飽きた、っていうのが強烈でした。もしかしたらあなたはたくさんのひとに愛されることに飽きたのではないかと思った」というメッセージが。

 ひゃあ。そんなことはないでしょう、と瞬間的にイイコの私はこころで叫ぶ。

 けれど、少し考えて、もしかしたら、そんな要素もあるのかもしれない、とちらりと思う(傲慢)。

 だとしたら、なんてうっとうしい性質なんだろう。人生の、こんなに愛で満ちているシーズンなんて、ほんとうに少ないというのに、ちょっとそこにいただけで落ち着かなくなって、精神の摩擦を欲して、ひとり旅に出たのだとしたら、私は、穏やかな幸せっぽい空気のなかでは安住できないということじゃないの。

 自分がうとましい。

 そんな思いを抱えながら滞在記の続きを。

 

★30日(木)9日目

 今日は物語の登場人物のひとりの男性のプロフィールについて考え直す。

 いまの設定では無理がある。

 無理のない設定にするために、アルゼンチンと日本のつながりについての歴史をリサーチ。これだけで数時間。

 それから、彼について書く。

 それだけで、この日の仕事は終わってしまった。仕事とは言えないか。換金の約束がないのだから。

 

■あんなに忙しい日常はなにか間違っている

 

 娘からラインが届く。

 なにかの雑誌の画像とともに「タイのコスメ、かわいー。おみやげリクエスト」とある。

 

 ふーん、タイってコスメ充実しているの、知らなかった。

 とくに「ビューティー・コテージ」のがいいな、というので、調べたら、私のお散歩の場所「ターミナル21」にあった。

ーーウォーキングしているだけで飽きてきたから、ミッション与えられるとたすかる。

ーー執筆すすんでいるかーい?

ーーまーまー

ーー(口をぼっかりあけたパンダのスタンプ)

ーーそんなもんでしょ、凡才は

ーー(おつかれさまです、のスタンプ)

ーーしかし、自分で思うけど、ひじょうに珍しいよね。あなたの買い物のためにリサーチして、それを買いに行くことを楽しみにしているだなんて。日本の忙しさのなかではあり得ない。

 そんなやりとりとしたあと、またぼんやりと考える。

 

 永遠と思われた「子育て」というものも、いつしか時が経ち、娘は大学3年生、20歳になった。

 私は私のことで精一杯、学校の行事にもほとんど顔を出さず、娘の進路のことなどについても、たまに意見を求められたときだけ、応えてきた、ってかんじ。

 いちおう、受験期には、彼女の生活スタイルに合わせて朝5時前に起き、朝食とお弁当2食分を作ったりして(その後寝る)いたけれど、でも、ほかにはなんにもしていない。

 イレギュラーな家庭環境のなかで、つらい時期もあっただろう、私もつらかった。すべて私のわがままが引き起こしたことだから、よけいに。

 それでも、どんなにダメ親でも、とにかく、この世で一番たいせつなのは娘、これは揺らいだことがなかった。いまももちろんそう。

 彼女はいつだったか、ダイレクトではないけれど、両親からの愛情を疑ったことはない、みたいなことをカードに書いてくれた。私のような人間には、充分すぎると思えた。

「ママとはキャラが違うから」と、私の影響を受けることを拒み、我が道を歩んでいる。私の書いているものも読まない、と言っている。もしかしたら、チラ見くらいはしているかもしれないけど、私はこのことに、少なくともそう伝えてくれていることに、感謝している。

 だから彼女のインスタグラム、フォロワーが現時点で6万人を越えて、すでにそれで収入を得ているという連載も「見ないで」と言われているから見ない。すっごく興味があるけれど、もちろん。

「本になっても読まないでほしい」と言われて、「読まない、約束する」と言った。

 このひとに読まれるかもしれない、ということを考えて創作に支障が出ることの苛立ちと限界を、いやというほど感じているから、少なくとも、支障のひとつの要因にはなりたくないと思っている。

 自由に、思うように、創作してほしい。

 って、話がそれたけれど、やはりこうして離れていると、いつもは考えないことも考えるものなのね。

 

 昨日は、父娘、ふたりでランチをしたらしく、そのときの写真もラインのグループ「ドリームチーム」に送られてきていた。

 3人、それぞれがそれぞれの場所で生きているなあ、という、彼の明るくポジティブな内容のコメントとともに。

 

 それにしても、娘のためのコスメ選び?

 なんて新鮮なのだろう。

 なんて私はそういうことをしてこなかったのだろう。

 よい機会を与えられたわ。今日の「ターミナル21」には目的があるもんね。ウォーキングじゃないもんね。「ビューティー・コテージ」に行くんだもんね。

 夕刻6時過ぎにホテルを出る。

 

■ビューティー・コテージ物語

 

 ターミナル21、だいたい把握しているからすぐに目的のお店に到着。

 入った瞬間、「目を、目をやられるっ」ってこころで小さく叫んだ。

 

 ここ、リクエストがなかったら、ぜったい入っていないお店。

 きらきら、カワイイ、ぴちぴちっ。

 お店いっぱいに、そんな粒子が。

 入り口近くで逡巡している私に、すかさず「ぴちぴちでカワイイ」店員さんが寄ってくる。

「何をお探しですか?」

 すかさず答える。

「いえっ、私のじゃないんです。娘に頼まれて来たんです」

「娘さん、何歳?」

「20歳です」

「私は22歳! まかせて! 気に入るものを選べます!」

 ねえ。年齢だけで気に入るものが選べるって、違うんじゃない? それぞれの美意識ってあるし、あなた、娘とタイプ違うし。

 でも、もちろん口にも顔にも出さない。

「よろしくね」と余裕のマダームになってみる。

 スーツケース、一番小さいので来たから、「とにかく、小さいものをお願い」とだけリクエスト。

 でも、安いのね。とっても安い。オーガニックコスメっていうのも、単純な私には安心感がある。

 それに、よく見ると、ゴシック的だったりレトロ的だったり、ミュシャの絵みたいなデザインもあったり、たしかに、娘が好きそう。ついでに私も好み。

 

 ブエノスアイレスに旅行したときは、ぱっぱらぱあになっていたため、娘へのお土産は「帰りの飛行機の機内食の一部」のみだった。機内食が大好きな彼女は喜んだけれど、あのときの分も買うか、という気になる。

 細かいものをたくさん買った。といっても日本円で5000にも満たない額なんだけど、数がたくさんあるから、すごくいっぱい、ってかんじ。

 お会計の後、店員さんが、「マダーム、これ、プレゼントね」とひどく大きなクレンジングを入れてくれた。

 ……。

 荷物のことを考えて小さなものばかりを選んだのはなんだったのか。

 でもやはりここは「コップンカー(ありがとう)」の場面よね。「もうちょっと小さい別のものをプレゼントしてくださる?」とは言えなかったし、言えるようなひとにはなりたくない。

 それでお店を出ようとしたら、店員さんが引き止める。「ビューティー・コテージ」の大きなカードみたいなのをもって。

「マダームの写真、インスタグラムにアップしたいので、ぜひ、写真撮らせてください、これをもって」と大きなカードを差し出す。

「ノンノン」となぜかフランス語で私は顔を横にぶるんぶるんとふる。「ノンノン」

「なぜ?」と不思議そうな店員さん2名。すでにカメラを準備している。

「なぜなら」と私は言う、「だって私はこのお店に合っていないもの。トゥーオールドだもん、残念ながら」

「そんなことなーい」と、結構ねばる。

 あのね。世の中にはしていいことと、してはいけないことがあってね。

 私にとって、このお店のインスタに掲載されることは、してはいけないことなのよ。

 そう教えてあげたかった。

 ときおり、鏡とかウインドウに映る自分の姿にぎょっとしているんだから、こちらに来てからとくに。

 まったく。トゥーオールド? そんな言葉、言わせないでよー。しくしく。

 心で泣いて、けれど大人な私は笑顔で「サワディーカー(さよならー)」と言ってお店を出る。 

 

■雨季の集中豪雨

 

 もう、これで充分、気分転換はできた。

 夕食を買ってホテルに帰ろう、今日は隣の「トップス」ってスーパーマーケットでお買い物しよう、と思ったのが失敗だった。

 やはり一度くらいは飲んでおかないと、とタイワイン選びに迷って、あとはパンとチーズ、ホテルで続きを書くぞー、と外に出たら、ものすごいどしゃぶり。

 たくさんの人が入り口近くで空を見上げている。

 書いてあった。ガイドブックに書いてあった。雨季のタイは、突然の集中豪雨があるから傘は必須、って書いてあった。だから革の靴はやめたほうがいい、って書いてあった。

 そして私は傘をもたず、赤い革のフラットシューズを履いていた。

 たっぷり30分、ものすごい雨を見ていた。

 ここの雨のにおいも色彩も好みではない。

 小降りになったので、ビューティー・コテージのコスメが濡れないようにスカーフでぐるぐるまきにして、さらに誰も見ていないところでそれをマキシ丈のワンピースのお腹に入れ、妊婦ルックになり、ホテルまでダッシュ。3分くらい。それでもびしょ濡れ。

 もういや。

 お部屋に戻って、娘にライン。

ーービューティー・コテージで爆買い。これでお土産うちどめね

ーーやったー、ありがとうー

 

 雨に濡れないように、ワンピースの中に入れて走って帰って来たんだよ、と恩着せがましく言うのももちろん忘れない。

 写真を撮って送る、すぐに返信スタンプがくる。

 

 

 そうとう、気持ちに余裕があるんだな、私、と思う。

 ひま、とも言うか。

 この夜は少しだけ物語を進められた。

 しかし眠る前が相変わらずだめ。

 お友だちふたりとラインのやりとりを少しして、薬を飲んで、枕を抱いて、坂口安吾の作品の朗読を聴きながら眠る。

 

■10日目、引きこもりモード完成

★31日(金)10日目

 今日の予定は夜、このホテルで開催されるミロンガだけ。

 それもどうするか迷っていた。

 もう、完璧なまでに引きこもりモードが完成しているので、気が進まなくなっている。

 その時間の気分で決めればいい、と朝食ののち、原稿にとりかかる。

 私のブログに「よいこの映画時間」を連載してくれている、りきちゃんから原稿の下書きが届く。それに少し手をいれて、ブログにアップしてもらう。

 仕事でもなんでもないのに、こうして、創作活動をともにしてくれている友がいる私はほんとうに恵まれている。

 

 しかし、それにしても。うーん。

 今朝からずっと右腕の痺れがひどい。

 これは持病みたいなもので、体調によって、出る症状。

 この痺れ対策のビタミン剤をもってきたつもりが、数が足りなくて、途中できれていた。それで、きっと痺れている。

 しだいに、右腕を切ってしまいたいくらいになったので、3時頃、3階に降りる。

「タイ古式マッサージ」をお願いして、右腕の痺れをうったえる。びっくり。日本での整体やマッサージでは楽になったことがなかったのに、90分後、痺れが消滅していた。

 感動して、「あなたはかみさまだわ」とお礼を言い。「明日が最後の日だから、あなたにお願いしたい」と予約を入れる。

 お部屋に戻ると、編集者さんからメールが。「ココ・シャネルの言葉」1万部の増刷。ほっとする。

 物語世界の気分ではなくて、日記を書く。誰にも読ませることのない記録を。

 夜になり、けれどまだミロンガに行くかどうか迷っている。

 

■ドリームホテル、2度目のミロンガ

 

 アルコールが入れば踊りたくなるかな、とビールを飲む。

 そういえば今日はまだお部屋のお掃除をお願いしていなかった。どちらにしても一度部屋から出なければならないのなら、ミロンガに行くか。

 日本で待っていてくれているひとにお土産はなくても「お土産話」くらいは提供しなくては。と、なぜかサービス精神がわいてくる。

 シャワーを浴びて、ゆるゆると支度をする。

 また同じワンピース。洗ったけどもちろん。アクセサリーもなし。もう、ぜんぜん不本意。

 気分をあげようと、昨夜買ってきたタイの赤ワインを飲む。美味しくない。

 

 今夜はひとりきりで待たなくてもよいように、9時くらいに出かける

 先週のここドリームホテルと翌日のレンブラントホテルで会った人たちが迎えてくれる。

 サルサとキゾンバのRさんもいらして、歓迎してくれる。

 モヒートをオーダー。

 すでにビールとワインでほろ酔いになっているから、これで充分、と思ったのだけれど、Rさんが2杯目をご馳走してくれる。ありがたくいただく。強いお酒だわ。

 この日、はじめて踊ったJさん、踊り始めた瞬間、とろりん、となる。ああ、このひととのタンゴ、好きだ、と思う。

 私の好きなタンゴ。マスターベーションではないタンゴ。

 ふたりきりで完結する世界。

 1タンダを踊り、とろりん、としたままソファに座った私のとなりにJさんが座る。

 またいつもの質問。

「タンゴ始めてどのくらい?」答える前に「2年くらい?」

 はいはい、そうですよ。

 いじけモードで答えて、「あなたは?」と問う。

「15年くらいやっていて、ブランクがあって、再び始めたのが、あなたと同じ2年くらい前」

「なぜ、また始めたの?」

 彼は少し考えて、でも、自分自身に答えるような調子で頷きながら言った。

「タンゴが好きだから」

 

 私は、この率直かつ根源的な答えに、胸うたれる。

 そして、ああ、だから、彼とのタンゴはあんなによかったんだ、とも思う。

 いつだったかな、韓国でタンゴフェスティバルがあるから、そこに来て、と誘われる。

 もうひとり、ヨーロッパのある国のCさんとも踊った。彼は連続して誘ってくれて3タンダくらい踊ったかな。彼のリードも甘美だった。

 みんなから、翌日の「土曜日のレンブラントホテルのミロンガ」に誘われるけど、「行けないの」と答える。

 日曜日の飛行機の時間の関係で、7時半にお迎えが来ることになっていた。私にしてはすっごい早起きだから。

 

 でも、いまさらだけど、タンゴを踊っていなければ、知る人がいない異国で、こんなふうな時間をもつことはなかっただろう。

 言葉を必要としない、けれど似たもの(同じ、とは言えない)を好む人とのふれあい、刹那の欲望、そんなのを味わうことは皆無だっただろう。

 私、タンゴに出逢ってよかった、ってRさんからいただいた2杯目のモヒートに酔いながら、しみじみと思った。

 

 先週も、そして今日もDJは同じひと。私は彼の選曲が好きだった。彼にそれを伝えると、とても喜んでくれて、周囲の人たちに言って回っていたのが面白かった。

 彼は「ネフェリに捧げるタンゴ」、先週とは違うアレンジのをかけてくれて、目配せしてくれたし、あれも嬉しかったな。

 

 ラストタンダはJさんから誘われて踊った。

 最後の曲はクンパルシータ。一度も聴いたことのないアレンジの。新鮮だった。

 クンパルシータを踊る直前、Jさんの耳元に口をよせて言った。

 「バンコクのラストタンゴ」

 ひゃあ。なんてきざったらしい。でもこういうのが好きなのよ、私。それに本心だったし。もうバンコクに来ることはないだろう。だから、バンコクで踊る最後のタンゴ。

 

 ちょっと乱れてもいいから、激しく踊りたかった。そして、思うようにした。

 J さんとの一体感を味わう。私はあなたを信頼している、だからあなたは私が思うように、どうか私が望むように導いて、そして、ときに、私も知らない私を見せて。

 そんな想いで踊った。

 

 迷っていたけれど、来てよかった、ドリームホテルのミロンガ。

 みんなとハグして、途中、プールサイドでミロンガ会場の方向を写真にパチリと撮って、お部屋に戻る。

 だめだわ、タンゴって中毒みたい。

(8、おしまいの回に続く)

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