ブログ「言葉美術館」

■■そういう仕事をしているか■■

2016/06/11

20121204_190740強烈な不幸に充分に傷つき、それを執拗に記憶して、年月の光に当てるのが作家の仕事である。

その時不幸はもう生ではなくなり、そこに発酵が行われている。」

野綾子の『自分の顔 相手の顔』を久しぶりに読み返した。

そしてこの文章にたちどまった。

そういう仕事を私はしているか、と自問した。

自覚的にしているときもあるし、無自覚なときだってある。

充分に傷つくということだって、たぶん、知っている。

ただ、誰かに傷つけられた、という意識はない。

自分が傷を負った、という事実だけがある。

そして身体にそれが反映される。

私の場合、発酵が行われるまで最低10年はかかるみたい。

ということは今の傷がなんらかの形で表現されるとしたら、10年後。なんて簡単に言ってはみても、これ命がけ。

さいきん、いろんなことにひっかかる、つまづく。

一度は理屈をつくってクリアしたはずの必殺「クリスマス」。

このイベントも、今年はひっかかってしかたがない。

クリスマスは何の日? 

あなたがそれをお祝いする理由は? 

とみんなにインタビューしてまわりたいくらい。

これ、怒りに近い感覚かな。

でもそんなことはしない。

徒労に終わるから。

けれど、自分の芯にはしっかりとこの怒りに似た感覚を記憶しておく。それが私には重要なことだから。

ただ、周囲の愛しい人たちが、このイベントで心華やぐひとときを過ごせるなら、それでいいじゃない、と思えるようにもなった。

自分の考えをおしつけることと、自分の芯にその考えを記憶しておくことは違うから。

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