■■病気に溺れるしかない、と彼は言う■■
2019/03/25
「人が自分で呼びよせる病気と、人が屈してしまう病気とを僕は区別する。
そして僕は、自分で呼びよせた病気を抱えたきみをそっとしておきたかった」
「病気なら病気を楽しめばいい。
しばらく一人になるために病気になることだってある。
そうやって体は頭を支配しているんだ。
こういうのは頭でどうあがいても解決できない問題だ」
自分自身の時間の流れ、精神の色彩を守るために、書棚にすがるようにして、アナイスでいっぱいの本を取り出す。
夜はすがるように本を貪り読む。
ヘンリー・ミラーとアナイス・ニンの往復書簡があり、何度も読み返す。
上に書いたのは、ヘンリーがアナイスに宛てた手紙から。
ヘンリーがこのような手紙を書いたのには理由がある。
まず、アナイスは、ヘンリーに会っていきなり
「私、病気なの。しばらく一人になって休みたい」
と言った。
ヘンリーはその通りにした。ようするに、距離を置いて少し話をし、肉体のふれあいをしないまま帰ってきたわけだ。
それに対してアナイスは愛がないとヘンリーをせめた。
ヘンリーはそれに対する長い手紙を書いた。
たしかに。
ヘンリー・ミラーの手紙には、アナイス・ニンを芸術家として尊敬していなければならない言葉が並んでいて、そして真実を言っていると思う。
けれど、私はアナイスの気持ちが痛いくらい。
芸術家として育てて欲しい気持ちだってあるけど、そんなのどうでもよくって、理性とかそんなのと遠いところでのがむしゃらさを欲するときだってある。
そういうことなのだと思う。
ヘンリーにはわからないだろうなそんなアナイスの気持ちは。
ヘンリーはこんなことも手紙に書いている。
「誰にも、愛する人にも助けてもらえないときというのがあるのだ。
一人になるしかない。
病気であるしかなく、病気に溺れるしかない。
魂がそれを必要としているのだ」
これを愛する人から言われるのは苛酷。
こんなにあらゆる意味で頑丈なヘンリー・ミラーと長く関係を続けられたアナイスはやはり、強かった。
それも凡庸なかんじの強さではない。
なんだろう……、一番近いかんじなのは「しなやかな強さ」かな。
攻撃的な強さではなく。
頑丈な強さにも、そして弱い精神にも対応できるのは「しなやかな強さ」だと思う。
アナイスは周囲の頑丈な男も弱い男も助けてきた、そんな存在だった。
しなやかなる強さは、もともと生まれもったものなのだろうか、それとも経験で得られるものなのだろうか。
私はいったい何年生きればしなやかなる強さの片鱗でも身につけられるのか。
秋のくせに蒸している、こんな日は嫌い。