▽映画 ブログ「言葉美術館」

▽鑑定人と顔のない依頼人

2020/10/06

 

「歯車は人間みたいなもの。長年組み合わさっていると、相手の形状に似てくる」

「つまり、時の流れが共同生活を可能に?」

「もちろんそうさ」

書きとめたセリフ。

自分の歯車が相手の形状に似てくるのを素敵なことだと思うひともいれば、自分の歯車の形が変わってしまったことを嘆くひともいる。

あとになって、ああ、あれは素敵なことなんかじゃないんだ、と思うひともいれば、ああ、あれはとても素敵なことだったんだ、と思うひともいる。考えが変わらないひとだってもちろんいる。

肝心なのは、自分自身はいまどう感じているかということ。

映画は、とても面白かった。

ジュゼッペ・トルナトーレ監督の思うままに翻弄された観客となって私は映画に引きこまれた。『ニュー・シネマ・パラダイス』の監督の作品、というより『マレーナ』の監督の作品、という印象。

女性の描き方が、女性に対する視線がまったく同質であることに驚いて、こういう女性観というか、女性への憧れの種類は、年齢を重ねてもこんなにも変わらないものなのかと感じいった。いつごろに形成されるものなのだろう。とても幼いときなのかな、それとも少年のころ? もっと成長してから? いずれにしても決定的なひととの決定的な体験があるのだろう。

そういえば私の男性観ってどんなだったかな。決定的なひと、決定的な体験を見つけようと過去を探れば、ずいぶん薄まっている季節、ほとんど見えなくなっている季節もあり、この調子だとたぶん、あったはずなのに記憶から抜け落ちている季節もあるだろうと淋しくなる。

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