▽映画 ブログ「言葉美術館」

▽「愛されるために、ここにいる」

20160728-2

いま公開中の映画『ラスト・タンゴ』に、すっかり魅せられて(これは別の記事で書く)から、生活がタンゴ色に染まっていて、アルゼンチンタンゴのあれこれを聴いたり、ドキュメンタリー映画『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』を観たり、中山可穂の『サイゴン・タンゴ・カフェ』を再読したりしている。その流れで『愛されるために、ここにいる』を観た。DVDを借りるのは2度目。

2005年公開のフランス映画で、タンゴに恋愛のいろんな要素を託した物語。「年齢」も私にとってはテーマのひとつに思えた。

人生に夢も希望もないような男性が、タンゴ教室に通い始めて、そこで出逢った女性と惹かれあう。
この男性の年齢設定が、50歳。この男性を演じるパトリック・シェネは実際は58歳だったはずで、それにしても、もっとずっと上に見えて、私はこの男性が自分と同じ50歳ということで、かなり、なんというか、ある種の衝撃を受けながら鑑賞することとなった。私も周りから見たらこんなふうなのかな、がーん、っていうかんじ。

それで相手の女性は、たぶん、30代の半ばから後半くらいの設定で、演じたアンヌ・コンシニは実際には42歳。こちらは、年齢相応。

それで、ふたりが、たぶん恋に落ちる瞬間が、タンゴをはじめて踊ったとき。
ああ、タンゴって、そういうダンスなんだ、って、視覚的に納得させる名シーンだと思う。ふたりの呼吸、ふれあったときの肌のかんじ。すごく心地いい、と感じるか感じないか。それはそのまま、人生のパートナーとして、すごく心地いいかどうか……に通ずる、そんなふうに私には見えた。

ここに私のライフワークテーマのひとつ、「くみあわせ」が。

それで、このアンヌ・コンシニがとってもよくて、私は彼女がとても好きになった。表情が、ほんとうにいいの。

アンヌ・コンシニ演じるフランソワーズには婚約者がいて、結婚式の準備中。ウエディングドレスなんかを選んだりするところでは、私も遠い過去を思い出したりしながら、彼女の心情に共鳴する。

いくつか胸うたれるシーンがあったけれど、結婚パーティーの席順などについて、未来の夫や自分の家族と話し合っているとき、フランソワーズが感情を抑えきれずに泣き出すシーンがあって、ここはよかった。

「この気持ちを抑えなくては、大切な人たちを失望させ悲しませることになる」って、わかってはいても、そう、頭では理解できていても、感情がぜんぜんついてゆけなくて、溢れだす涙。

それは、自分の、どうにもならない気持ちに、感情が気づいてしまった瞬間。そしてこの瞬間は、同時に、これから苦しませることになる相手のこと、そしてそれらの間で引き裂かれる感情を覚悟しなければならない、そういう瞬間でもある。

タイトルは「愛されるために、ここにいる」。

原題のほうがよくて、原題は「Je ne suis pas là pour être aimé」。「愛されるために、ここにいるんじゃない」。
そう。
愛されるために、あのひとといるんじゃない。愛するために、あのひとといるのだ。

すごく、強い言葉だと思う。美しい。

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