◎めぐりあう時間たち◎
2016/10/21
たぶん、もう13回目くらい、ちゃんと数えていればよかった。
朝の7時から2時間どっぷり。
私のカタルシス。
カタルシス。精神の浄化。
時間をへだてて、けれど一つのテーマで結ばれた3人の女性がヒロイン。
ヴァージニア・ウルフ、彼女の書いた、たった一日だけの物語『ダロウェイ夫人』、この世界に耽溺する女性、現代ニューヨークでダロウェイ夫人のような人生を送る女性。美しい音楽。
いまも部屋に大きく流れている。
もう何年も前のことだけれど、あんまり私が没頭しているので、夫がこの作品を観た。彼は言った。はまるのもわかる。3人がすべてあなたではないかと。
何度見ても号泣する場面はラスト近くにある。
ヴァージニアがこっそりと家を出て駅でロンドン行きの列車を待っている。そこに夫であるレナードが追って来る。ふたりの激しいやりとり。
「戻ろう。夕食が用意されている。君には食べる義務がある」 「義務なんかない! そんな義務なんかない!」 「正気を保つ義務がある」 「隔離生活はもううんざり! 囚われの身は嫌! 次から次へと医者が来て私のためにと称して勝手なことを言う」 「君のためだ。つらいだろう、君のような……」 「私のような、何?」「才能の持ち主が自分をわからなくなるのは」 「誰ならわかるの?」「君には病歴が! だからリッチモンドに来た。君は精神的発作や、むら気、失神、幻聴に悩んでいる。取り返しのつかない行為から救いたい……二度も自殺未遂を! 僕は日々恐れている。だからこそ――印刷所を始めた。もし君が集中して書けるなら治療に役立つだろうと」 「針仕事みたいな?」 「君のためにしたことだ! 治ってほしいから! 愛するからこそ! 逃げるなど恩知らずだ」 「私を恩知らずだと言うの? 私は人生を奪われたのよ、住みたくもない田舎に住み、望みもしない人生を送る。なぜこんなことに……もうロンドンに戻る潮時よ、ロンドンが懐かしい、都会の暮らしが」 「病気のせいだ。だからそんなことを」 「違う、本気でそう思うのよ」 「きっと幻聴だ」 「私自身の声よ! この町では死にそう!」 「冷静に考えろ。ロンドンが君を心の病に。平和を求めてリッチモンドに来たんだ」
こんなふうな激しいやりとりのあと、ヴァージニア・ウルフの長いセリフがくる。
「冷静に考えて言うわ。今の私は深い闇の底に沈み一人もがいている。でもその感覚は私だけにしかわからない。
あなたは私の死を恐れているのね。その恐怖は私も同じよ。
私の権利、人間としての権利で選ばせて。
平和で静かな田舎で息が詰まるより都会の暴力的な刺激に身をさらしたい。
どんなに慎ましい患者にも自分のことを決める権利がある。
それが人間性の証よ。
この静寂のなかで幸せになれたらいいいけれど……リッチモンドと死のどちらかを選ぶなら、私は死を選ぶ」
そして「ロンドンへ戻ろう」という夫の応えを受けて言う。
「人生から逃げたまま平和は得られないわ」
長いと知りつつ、今回は略さないで引用したかった。
早朝の空気はちょっとだけだけど、氷点下。今日の私には冷たすぎる空気だった。