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▽終電車(「映画音楽と物語」より)

2017/02/20

  

 メトロ、最終電車に乗り遅れないようにホーム目指して急ぐ人々の姿から始まる1980年のフランス映画。監督はフランソワ・トリュフォー監督。主演はカトリーヌ・ドヌーヴ。

 舞台はナチス占領下のパリ。1942年。夜間外出禁止令が出され、パリ市民は夜十一時以後の外出を禁じられていました。心身ともに厳しい生活を強いられた人々は、それでも人生の楽しみを求めて劇場に通いました。楽しみ以外にも、劇場にいれば、暖かいということもあったのです。厳しい冬。燃料も充分ではありませんでした。

 ただし、夜間外出禁止令がありますから、ゆっくりはしていられません。芝居が終わると人々は最終のメトロを目指して走りました。これが、タイトルにもなっている、終電車。

 映画のなかにメトロが出てくるわけではないのに、監督のトリュフォーがこれをタイトルとしたのには理由があるはずで、どんなに過酷な状況であっても、過酷な状況だからこそ、人間には楽しみが必要なのだというメッセージがあったのではないでしょうか。人間の、ある意味、本性、生きる原動力が表れている、そんなふうにも思えます。

 この映画は男女の恋愛もテーマとしてあるのですが、芝居に情熱をかける演劇人たち、芝居を愛する人々の姿に胸が熱くなります。戦争中だからこそ、芸術、人生の楽しみを愛する人間の情熱が際立ち、そこには信じたいもの、人間のもつ底力、といったものがあるようで、しずかに、希望を感じることができます。

 カトリーヌ・ドヌーヴ演じる美しい女優のマリオンはモンマルトル劇場の支配人代理をつとめています。夫で演出家兼支配人のルカがユダヤ人だからで、彼は国外に逃亡したことになっていますが、実は劇場の地下に隠れています。

 新作の相手役として、ジェラール・ドパルデュー演じる俳優ベルナールがやってきます。この男、ちょっと女たらしなかんじで、美しい女性を見ると必ず口説きます。そのときの手口がいつも同じで、手相を見て言うのです。「あなたのなかには二人の女がいる」と言うのです。「二人ともあんたと寝る気はないわ」とふられたりして、ちょっと憎めない男です。

 ベルナールとマリオン、そしてマリオンの夫のルカをめぐる、三人のひそやかで静かな愛情の動きがとても繊細に描かれます。

 監督のトリュフォーはドヌーヴと恋愛関係にあったこともあって、ドヌーヴへの想いが映画のいろいろなところに見え隠れしていて、そういう意味でも楽しめますが、ラストシーン、舞台上で夫のルカと恋人のベルナールの真ん中に立ち、ふたりと手をつないで、観客に挨拶をするときのマリオンの満足そうな笑顔が印象的です。

 ドヌーヴ演じるマリオンは、ほとんど無表情、無表情の演技で見るものを魅了するといっていいほど、それほど笑わないので、だからこそ最後の笑顔、それですら満面の笑みとまでは言えないけれど、とても印象的です。

「サンジャンの私の恋人」は、占領下の1942年にフランスでヒットしたリュシエンヌ・ドゥリールの歌うシャンソン。映画の冒頭に流れます。はじめての恋のことが歌われますが、熱い気持ちと、それから終わるときはすっぱりと終わるという、聞いていて胸がすくようなそんな内容です。

♪作曲:エミール・カララ 作詞:レオン・アジェル 訳詞 : 山本雅臣「サンジャンの私の恋人」をお聴きください。

★2016年12月21日「語りと歌のコンサート~映画音楽と物語」台本より。

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