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◎ウォリスとエドワード~英国王冠をかけた恋◎

2016/06/27

Wウォリスって、シンプソン夫人のこと。 元イギリス国王エドワード8世の妻。 エドワード8世は人妻であったシンプソン夫人と結婚するために退位した。彼女がいなくては生きてゆけないと公言して。 「王冠を賭けた恋」とか「20世紀最大のスキャンダル」「世紀のラヴストーリー」とか言われるこの物語をマドンナが監督。 アメリカ現代社会を生きる、シンプソン夫人と同じ「ウォリス」という名の女性が、自分の人生とシンプソン夫人の人生を重ね合わせ、彼女の生き方、彼女が得たもの失ったもの……それを探ってゆく。 このあたりがひどく共感できて、だって、私はいつも誰かの人生と自分の人生を重ね合わせてしまうから。 もっとも胸に響いた箇所のセリフ。 シンプソン夫人の遺品が展示されている部屋で現代「ウォリス」(不幸な結婚中)が物思いにふけっている。 そこに彼女に想いを寄せる警備員が話しかける。 「何を考えている?」 「愛される喜びについて」 「愛の定義は?」 「すべてを捨てること」 ここでシンプソン夫人が登場する。幻影として。 そして現代「ウォリス」とシンプソン夫人の対話となる。 「私が捨てたもの? たくさん捨てたわよね。プライヴァシー、自由、評判」 「なぜ、できたの?」 「過去を振り返らず新しい人生を抱きしめたからよ」 「全世界を敵に回しても逃げなかったのね」 「スキを見せたら負けて傷つくわ」 何が面白いかって、たいていの人は、王冠を捨ててまで手に入れたかったシンプソン夫人という女性の魔力、シンプソン夫人のラッキーな人生とかに興味が行くけれど、マドンナは違って、 「でも、シンプソン夫人だって失ったものも大きかったはず」 という視点で見ていること。 ラストにシンプソン夫人の手紙が披露されるのだけれど、そこには夫エドワードに対する幻滅、でも、自分が選んだ人生を生きるしかないから意地でもここで生きる、みたいな決意が見てとれる。 いろいろ考えさせられた。いい映画だったな。 クリスマスイヴの日の朝に、編集者さんに完成原稿を送ることになっている。 「クリスマスプレゼントですねー」と彼は言う。 毎日毎日、今書いている一人の女性のことばかりを考えている。 休憩して原稿に向かって、ちょっと外に出てきて原稿に向かって、ちょっとお茶して原稿に向かって、ヨガに行ってすぐに帰って原稿に向かって。 その合間に「休憩」の意味で掃除をしたり料理をしたりしている。 世の中はクリスマスムード。 やっぱり私はこのムードに乗れない。つくづく思う。 だってどうしてもその意味っていうのを考えてしまうから。 同じような人ってどのくらいいるのだろう。思想が似ている人って……。 でもすこしは妥協する。 3年前に買った、軽井沢のと比べると十分の一くらいのツリーを出してきて飾ってみる。それでもそれは、彼女の喜ぶ顔を見たいから。それだけ。 私は私の人生を生きるよ。嫌なものは嫌だと、はっきりとは口に出して言えなくても、心のなかでは「嫌なの!」と、ひりひりするほどに認識している、そんな人生を生きる。そのようにしかできないから、どうしようもない。

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