▽映画 ◎Tango ブログ「言葉美術館」

■あと一度だけ、あの夜を■

 

 

 メトロの車窓に映った自分の顔に「誰」とこころでつぶやいて、物悲しくなったとき、次の曲がはじまって、それが「Una Noche Mas」だったから、泣きそうになってしまった。

 ヤスミン・レヴィの「ウナ・ノーチェ・マス」。

 このひとの歌声、好きでよく聴いている。

 Yasmin Levy イスラエル系スペイン人のシンガー・ソングライター。1975年エルサレム生まれ。私より9歳年下。ライヴの動画なんかを見ると、人生を知り尽くしてもう一回生きている、くらいの凄みがあるんだけど。

 それで、Una Noche Mas。英語にすると、One More Night、っていきなり味気ない。

 私の、私好みの超訳要約はこんなかんじ。

「あと一度だけ、あの夜を」

 私から去ってゆくあなたの姿が目に焼きついてどうしようもない。

 私はこの世の暗闇に果てしなく堕ち続ける。

 なにもかも失くしたの。もうおしまい。

 私はもうこんな歳。

 でも、あなたには若さが漲っている。

 歳月ってこんなに容赦のないものなのね。

 ああ、でもお願い、愛の夜が、ほしい。

 ひと夜でいい、ひと夜でいいから、もう一度、あのときが、ほしい。

 もう一度、私を騙してよ。

 あなたの涙も恋する気持ちも、なにもかも、なくなってしまえばいい。

 そう、私のからだが枯れていくにつれて、あなたの感受性が失われてしまえばいい。

 ああ、でも、あと一度だけ、あの夜が、ほしい。私を騙して。

 せつない。せつなすぎる。

 車窓に映った自分の顔とメロディと歌詞。

 ああ。

 

 この曲で踊るのが私は好き。

 タンゴには、こういう世界が似合う。

 若い恋人が去ってゆくとき、「ええ、いいのよ、そのときが来たのね、あなたの好きなようになさいね」なんて言う女の歌は、タンゴには似合わない。

 恨みながらしがみついて泣く。お願い、あといっかいだけ、あといっかいだけ。

 そんなふうに、取り乱してしまう、醜くさえある、そういうのがいい。

 だから、私はこれを踊るときは、そういう女の気分で踊る。現実でできないぶん、そこにこめる想いは相当なものよ。

 ところで、「あと一度だけ、あの夜を」でイメージするのはどんなことだろう。

 食事? 語らい? お酒? 性愛? タンゴ?

 もちろんタンゴも思い浮かぶけれど、ふたりきりでゆっくり時間を過ごしているとき、見つめ合ったり髪を撫でたり撫でられたりしているそういうときかな。

 どうかな。

「あと一度だけ、あの夜を」のあの夜とはどんな夜? という問いに対する答え。そのときどきで異なるような気もする。欲しいものがそのシーズンで違うように。

 

 このところ、タンゴ不足。

 仕事がどっさりで、時間がとれない、体力がない。

 でも、ちょっと待って。タンゴって余力があるときに踊るものなの? と自問し即座に、違う、と自答。

 だとしたら、タンゴ不足の要因は何なのか。そこがたぶん肝要。

 考える。

 そうね、書きあげるべきもののために、タンゴ飢餓状態に自分を追いこんでいる、というのもあるのかな。

 

 「Una Noche Mas」、数ある動画のなかで、これがいちばん好み。

 メキシコの画家フリーダ・カーロの人生を描いた映画「フリーダ」が使われていて、選ばれているシーンが私の好きなシーンと重なるから。フリーダ・カーロの本、途中まで書いてあるあの本も、いつか出したいな。

 

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