ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎2本目 『たかが世界の終わり』





※公開されたばかりだけれど、ネタバレ要素たっぷりです。
まだ観てない人、これから観る人は気をつけて読んでくださいな。


(チラシを見ながら…)

み:このコピーが全部良いですね。

「愛されたい、愛されたい。嫌われても、愛されたい。」

「溢れるほどの愛が、手のひらからこぼれていく。」

「理解できない、でも愛してる。」

「愛が終わることに比べれば、たかが世界の終わりなんて。」

「人は誰しも、愛し、愛されたいのです。分かり合うのは難しいけれど、いつかきっと届くはずです。」

り:前作「Mommy(マミー)」のチラシも5種類くらいあって、良かった。
今回原作があるんですね。ジャン=リュック・ラガルスの「まさに世界の終わり」。

み:読んでみたくなるわね。
最初から涙してたのは、何故ですの? 何かわかるけれど。

り:ドラン映画って、自分が何で泣いているのかわからない。
「Mommy」の時に自分のFacebookで書きましたけど、いわゆる涙するシーンとかでなくても泣ける。
最初、ギャスパー・ウリエル演じる主人公のルイが、自分の余命が短い事を家族に伝えに行くっていう飛行機の場面じゃないですか。
物凄くギャスパー・ウリエルが美しいですよね。

み:あの人って「サン・ローラン」に出てた人? サン・ローラン役の人?

り:そうです。

み:全然違うね。凄い良かったもの。
今回の映画は主にまなざししか映さないよね。

り:あまり全体を映していなかったですよね。

み:そうそう。陰影でね。ギャスパー・ウリエルの横顔が凄い綺麗。

り:横顔ね。良いでしょ?(笑)

み:あれは良いと思った。瞳と、目が潤んでるのか、潤んでないのか、微妙な所も。
あのショットが多かったよね。

り:全体的に正面、顔のアップが多かったですよね。

み:うん、多かった。
冒頭の飛行機のシーンがモノローグとして始まって、それから歌が流れ始める。
とてもあの歌良かった。(Camille「Home Is Where It Hurts」という歌)
歌詞もメロディも。私はあそこでグッときちゃって。

り:ドランの映画って、音楽が物凄く良いですよね。

み:良い!良い!!

り:何でそれ選ぶの?って。

み:最初のシーンで、歌詞が翻訳でちゃんと流れて。
「Mommy」の時もそうだったね。

り:ドラン映画って、歌ありき。歌も含めて物語。
だから、言語がわからない身としては、ちゃんと訳してくれて良かった。

み:だって、台詞と同じくらい重要な意味があるから。
でもあの歌だけで「家族」というものはそういう所だよねっていうのが最初に提示されるから良かった。
歌声もとても切なくて良かった。そこだけで情感溢れてきちゃうっていうか。

り:どのシーンを切り取っても痛いんですよね。
胸を鷲掴みにされるって、本当にこういう感じなんだなって。

み:しかし、しかし、しかし、不器用過ぎる! 不器用過ぎる人達よ。

り:割と名優ばっかりじゃないですか。

み:ねっ。マリオン・コティヤール、レア・セドゥ出てて。

り:ギャスパー・ウリエル、ヴァンサン・カッセル出てて、ナタリー・バイ。
ちょっとそれが最初怖かったんですよね。有名な人ばかりを出し過ぎると…。

み:もうそれぞれにカラーが付いちゃってるからでしょう?

り:そうそうそう。また来たかみたいな。
それを私、岩井俊二監督の「花とアリス」で凄く思ったんですよね。

み:その映画もいろんな人がいっぱい出てるの?

り:あまりにも出過ぎて、そこに頼り過ぎちゃってる感じ。
でも今回は全然そういうのを感じなかった。

み:全員が有名な人に見えない。

り:光り輝くっていう感じでは。

み:無い。
だから多分、俳優たちの事を詳しくない人が観たらそんなに有名な人達だとは思わないと思う。マリオン・コティヤールだって全然。

り:どうでした?
マリオン・コティヤールもレア・セドゥもそんなに好きじゃないですよね?

み:そう、両方とも好きじゃないけど、あまりにも抑えられてるから名もない人達がが頑張ってるくらいの感じがして、全然嫌じゃなかった。
レア・セドゥが、とても良かったし(笑)

り:(笑)
レア・セドゥのビッチ感と、激しさ、凄い叫ぶシーンとか。

み:クレイジーにね。

り:そういう所、レア・セドゥ良いなって前からずっと思っていて。

み:マリオン・コティヤール演じるお兄さんの妻・カトリーヌは鈍くさい感じの役柄。
執拗につまらない話をする。何とかその場を盛り上げたくて、つまらない話を結局してしまうという、あれが良く出てたね。

り:マリオン・コティヤール上手いですよね。

み:本当にダサく見えたの。

り:母親役のナタリー・バイも。

み:ナタリー・バイって何で有名な人なの?

り:そんなに日本では有名じゃないですよね。

み:私は凄く好きだけど。髪型似てるし(笑)

り:(笑)
私、フランス映画祭でナタリー・バイの映画って割とよく観る。昔から好きで。

み:主人公のルイみたいに、家族の中で一人だけ浮いちゃってる人っているでしょう?
才能とか、いろんな物によって浮いちゃってる人って。
私、割と自分が少しそんな感じがするから、よく分かる。
愛してないわけではないし、家族も皆良い人達っていう存在だけど、誰一人として同じ精神圏では話せない。
例えば、こういう話は家族の中で絶対出来る人がいないとか。
ヴァンサン・カッセル演じるお兄さんのアントワーヌが車の中で「早めに空港に着いて、一人で何もせず待っていたんだ」みたいなルイのそういう訳の分らない話が嫌なんだよって苛立って言うけど、その訳の分からない自分に対するコンプレックスがあるから苛立つんだよね。そういう所も凄く分かった。家族の中で異物である事。

り:だから皆、恐怖を感じてるって。

み:そう。恐怖なの。恐怖を感じてて、ルイがいない事での平和だったり、何で帰ってこないの?っていうのは有りつつも、いない事で均等が保たれてた。
そこに「異物」であるルイがポコンって侵入する事によって、何かが変わっちゃうんじゃないかっていう。
あとは、ルイ以外の家族が、自分達の無知さとか、無教養さとか、そういうので自分達をつまらない人間だとルイが思っちゃうんじゃないかっていう恐怖感は多分あった。
いるだけでそういう風に与えちゃう人。
アントワーヌは気付いていたのかな? 何かあるって。余命の事とか。

り:皆気付いていたのかな…。特にカトリーヌは何か知っているような。

み:最初からでしょう?

り:最初から。

み:意味のある目をしている。でもあの性格で気付く?

り:そのへんはずっと分からないじゃないですか、最後まで。
最後主人公のルイが「しっー」っていう動作をするから、尚更分からない。

み:以前住んでいた家の家具が置いてある部屋で「あとどのくらい?」ってカトリーヌがルイに聞くでしょ?
ママの所に行くのにあとどれくらい?っていう意味ではないんだよね。

り:アントワーヌもそういう感じで、レア・セドゥ演じる妹のシュザンヌも何かしら。

み:不安を感じているような。

り:でも、お母さんだけはそういう感じがそんなにしなかった。

み:そうだね、うん。

り:お母さんは、わざと明るくしている感じがする。

み:皆、不安なんだよね。

り:本当に「恐怖」ですよね。

み:不安どころじゃない「恐怖」だね。

り:主人公も家族に対して「恐怖」を感じているし、家族も彼を「恐怖」だと思ってる。
分からないっていうのが。

み:だから皆おかしくなってる。皆おかしくなる事で、皆それぞれお前おかしいんだよ!って言い合っている訳でしょう?

り:そうそう。

み:良い映画だったね。

り:多分もう一回観に行くな。

み:また発見があると思うよ。
シーンだけで意味なんて何もなくて良い。
ストーリーも分からない時点で何かがあるっていうものを、例えば音楽とか主人公の存在とかで感じてじわーんとするのってあまり無いよね。
冒頭ののシーンで、私も涙出しちゃった。歌だけで。
歌の前の独白から、もちろん内容が内容なだけに。

り:たまに物凄く綺麗なシーンを挟んでくるじゃないですか。
カーテンが風で揺れてるとか、過去に自分たちが過ごしていた思い出の「日曜日」のシーンとか、空の青さとか。

み:あれパパなんでしょう? 肩車とかしているの。

り:そうだと思います。ああいうシーンはズルい。いつもああいうシーンで私は泣いてると思う。

み:ルイと昔の恋人との性愛のシーンとかね。
あと、その「日曜日」のパパが出てくるシーンで突然音楽が盛り上がってさ、無理やり引き込まれていくっていう「音楽の盛り上がりの罪」。

り:いつもそうですよね。

み:「Mommy」の時もそうだったね。

り:「Mommy」のラストシーンとかね。

み:でも家族って本当に難しいんだなっていうのも凄く感じたな。難しくて当たり前?

り:私、終盤の皆で言い争いをしている場面でのアントワーヌに感情移入した部分があって。
今は一緒に住んでますけど、うちも以前姉が家を出てって。

み:それは結婚で?

り:ううん。家出の感じで。当時、私と母と二人暮らしになったんですけど、姉が出てった分、自分が頑張らなくてはいけないっていうのと、少し良い子でいなきゃいけないっていうのがあって。
だからアントワーヌみたいに本当は喋らない人間なのに、喋るように見せているとか、他人に見せる為に自分を作り上げている所とか、ギャスパー・ウリエルが演じる主人公・ルイを殴ろうとした時の傷ついた拳のアップのシーンとか。

み:自分で何かにあたってるっていう事でしょう?

り:そうそうそう。そういう所にきてしまって。

み:それは自分に投影してって事? 自分に重ねて?

り:それもあります。何で分かってくれないんだ!とか。
そういう事も言うじゃないですか?

み:うん。だから一番理解されていないのは、もしかしたらアントワーヌかもしれない。
でも、言葉が達者じゃないから感情表現が上手く出来なくて、結局、怒りとか、人にあたったり、人を傷つける言葉で嫌われちゃうみたいな所はある。
でもそれを劇作家だけあって、全て知性で分かってしまうルイは、アントワーヌのそういう所も全部分かってる訳だから、帰れって言われた時にそれに従う。

り:ナタリー・バイが演じるお母さんはそういう所を分かっているかもしれませんね。
やっぱりそこは…。

み:お母さんだから?

り:お母さんだからかな。シュザンヌが思っている事も、アントワーヌが思っている事も分かった上で、2人の背中を押してあげられるのはあなただってルイに言うシーンがあるけれど、それぞれの人物の立ち位置が冷静に描かれてる。

み:アントワーヌがルイに帰れって言ったのは、恐怖感からなの? 均衡を取り戻す為なの?

り:均衡を取り戻すっていうのもありそうだし、それこそ実は知っていたんじゃないかっていう。

み:そうそう。そうするとこれ以上、皆と仲良くしたって死ぬんだから余計な愛情を増やすなと。
哀しみが深くなるだけじゃない? だからって事なのかな。

り:あとは、ルイにこれ以上言わせたく無いというか、逃げ場を作ったとも考えられるし。

み:そう考えていくと、表面的な怒鳴り合いとか、悪口の言い合いと、全く対称的に皆それぞれの愛に溢れてる。だから本当に表し方が不器用なのよね。
ギャスパー・ウリエルは「サン・ローラン」より全然良かった。

り:(笑)
私、「サン・ローラン」は、ただ悶える映画だと思ってる。

み:それはルイ・ガレルとギャスパー・ウリエルだからでしょう?

り:「サン・ローラン」のギャスパー・ウリエルは、私のどこかに物凄く引っ掛かったんでしょうね。最初から「うーん…もう!…」って悶えていて。

み:好みって事? ルイ・ガレルとどっちが好き? 二人が来たらどっち取る?

り:ギャスパー・ウリエル!!
ギャスパー・ウリエルを最初に観たのは、アンドレ・テシネ監督でエマニュエル・ベアール主演の「かげろう」。それで彼を知って。この時はまだ少年だった。

み:「たかが世界の終わり」みたいな映画を観ちゃうと、本当に映画って映画館で観なきゃって思う。良かったこれ映画館で観て。これDVDじゃダメだな。
これだけの集中力で観てないと。

り:すんごい集中力ですよね。

み:だから本当に、まばたきしたら分からなくなっちゃう。瞳のまなざしの一瞬に全てが込められてるから、まばたきしている間に見逃したら彼らの心情を汲み取る事が出来なくなっちゃう。

り:そして物凄く疲れますよね。良い意味での疲れですけど。
丁度良い長さでした?

み:うん、何分だった?

り:99分。

み:もっと短く感じた! えっ?もう終わりって感じだった。
他にドラン映画ってどんなのがあるの?

り:私、最近「胸騒ぎの恋人」というのを観たんですけど、昔の恋愛を思い出してしまって。
ある男の子をストレートの女の子と、ゲイの男の子が好きになるっていう話なんです。
そういう経験が昔あって、とても胸が痛い(笑)

グザヴィエ・ドランは、映画館向けの映像を撮るのが本当に上手い。「私はロランス」にも印象的なダンスのシーンや、主人公2人が歩くシーンがあった。「たかが世界の終わり」の過去の日曜日のシーンに匹敵するくらいの映像。

み:お母さんが「理解できない、でも愛してる」っていう台詞は、「Mommy」にも通じている感じ。

り:2回目にこれ観たら、物凄く泣きそう。

み:2回で済むかな?

り:また観たいなとは思ってもDVDで良いかなって事が多いですけど。

み:これは絶対劇場ですよ。

り:そうそうそう。ドランの映画に関しては絶対に劇場!
ドランって良いスピーチしますよね。

み:前の時もね。
(両方共、カンヌ映画祭でのスピーチの事)
やっぱり凄く社会と関わっているのよね。アーティストとして浮遊してない。そこがとても好き。
今回カンヌ映画祭のグランプリを受賞したのね。前回受賞したのはどの作品?

り:「Mommy」の時かな。カンヌ審査員賞みたいです。
これ路子さん好きな言葉じゃないですか?

「無関心な知恵より、情熱的な狂気の方がいい」
(グザヴィエ・ドラン カンヌ国際映画祭「たかが終わり」グランプリ受賞スピーチより)

み:もう最初から見てるから(笑)アナトール・フランスね。これを拾うドラン。
私が目指す所よ。
でもこれが一番響くかな。チラシの。

「愛されたい、愛されたい。嫌われても、愛されたい。」

り:結局CDも買った(笑)(パンフレットもCDも買った私)
パンフレットとかも控えようって、物増やさないようにと思っている矢先。

み:そこまで感動したのはね。しかもとても質が良いの。

り:この間観に行った野田秀樹の舞台のパンフレットでも思ったんですけど、そのサイズ良いですよね。

み:このサイズ良いわよ。取っておくにも良いし、バッグにも入るし。

(パンフレットを見ながら…)

「これが最後だなんて、僕たちは哀しいくらい不器用だった。」

み:これが最後なんだよね。皆、ルイが死んだって聞いたら、最後自分が何を言っただろうっていうのを回想する事になるわけよね。
若さ故のスピーチも良いんだよね。

「夢を捨てなければ、世界は変えられるのです。」

これはドランの言葉だけど、多分これ50歳になったら違う言葉になると思う。そこが好き。変に斜に構えてない。
それこそヌーヴェルヴァーグのゴダールとか、あのへんの人達とちょっと違う。若くして出たっていっても違うでしょう? 神は二物を与えたね。

「私はロランス」でナタリー・バイと組んでるんだね。
原作は、若くして亡くなった後に人気が高まり、今やフランスでもっとも上演されている劇作家。
音楽はあの人だ。ガブリエル・ヤレドって、「イングリッシュ・ペイシェント」の人。
ジュリエット・ビノシュが出ているので、アカデミー賞で助演女優賞獲ってるのよ。私書いてる。凄い映画だって。

り:あのシーン好きだったな。
エアロビのシーンで、皆で楽しくなった瞬間に。

み:アントワーヌがニコってするんだよね。

り:そうそう、ニコって。その後に、ルイがアントワーヌにウインクをパッって。

み:あそこ美しいね。自分もニコって笑ったの。だから凄いホッとしたんだなって。

り:ドラン映画って重い映画が多いからこそ、ああいうキラキラしたシーンが出てくると、気休めになるというか、ホッとする。緊迫した状況の中だから。

み:だからこそ際立つのよ。あれが普通の映画の中にあってもふーんっていうシーンなのに。ズルいよね(笑) あれだけの内容でずっと観てるから。
不愛想な人が笑うだけでホッとするっていうのあるでしょう? 私いつもニヤニヤしてるからズルいなって思うんだけど、それと似ている。

パンフレットのストーリーを見ると、カトリーヌは「瞳の奥の何かに気づいてる」って書いてある。

り:ルイとカトリーヌは初対面のはずなのに、初めて二人が会ったっていう感じがしなかったですよね。

み:「カトリーヌはその答えをルイがアントワーヌに話すことを望んでいた」って。
この原作者は、エイズで若くして死んだっていうのが出てる。彼の自叙伝的要素があるって。原作にも興味があるね。

ルイ役のギャスパー・ウリエルは、ほとんど台詞が無かったよね。
二言三言で返すって劇中でずっと言われてたけど。だから余計に瞳の動きがあったのね。
ギャスパー・ウリエルがグザヴィエとの仕事で「今回のような至近距離での撮影では特に、顕微鏡で覗かれているのと似ていて、呼吸一つひとつ、まばたきの一つひとつをカメラが捉えてくれているという感覚は素晴らしい」ってある。本当にそんな感じよね。

こんなのもある。「あなたの映画は、これまで息子と母親の関係を扱ってきました。でも今回は、家族の映画ですね。あなたにとって“家族”とは何ですか? っていう問いに、ドランは「よくわからない。答えられないよ。家族は家族だ。家族という言葉がすべてを言い表している。それ以上のことは言えないよ」って答えてる。本当だよね。言えたら作らない。

り:どの映画を観ても、お母さんってキーパーソンなんですよね。

み:それがメインのテーマだったりもするでしょう?

り:グザヴィエ・ドランにとって、お母さんっていうのと、ゲイである自分っていうのは大きな要素だしブレない。オゾン監督の初期はゲイという部分が大きかったけど、全体的な視野で見るようになってきたじゃないですか。まだ彼は若いからこの先どうなるかわからないけれど、その部分が全然ブレない。
ちゃんと自分の知っている範囲で描いているのかなって。

み:知らない事は描けないってサガンもそう言ってた。いつも中流、上流あたりの恋愛関係ばかりで、社会の貧困とかを描いてないと言われてたけれど、私は知ってる事しか描けないのよって。そこが良いんでしょうね。

愛を描いてるっていうのは、ルイが帰ってきた事に対して全員が恐怖を感じるって事自体が愛だよね。帰ってきた事で恐怖を感じるとか、何か言いたい事があるから言わせなきゃ、でもそれを聞きたくないから阻止したいみたいな心の動きって、愛情が無ければないよね。それこそ「愛の反対は無関心」っていう言葉があるけど、無関心だったらまずそこまでは思えないよね。

り:シュザンヌだって、長い間ルイに会ってないけど、彼に対する愛は強いですよね。

み:だからシュザンヌも聞き出そうとするじゃない? 何で今迄帰ってこなかったのに急に帰って来たの?って。
でもやっぱり答えを聞くのが怖いから茶化しちゃう。
そうよ、愛ってものが基本的にあるからこそ、あれほど動揺して皆あたふたしちゃうわけだよね。

「ミューズアカデミー」がまた出てきちゃうんだけど(笑)
「ミューズアカデミー」と違って、ステレオタイプじゃないのよ。カトリーヌも、あんなに鈍臭くて、表現も下手だし、人が面白いって思っているかどうかも分からない話を永遠とするようなああいう人だから何にも勘付かないはずなのに、初対面のルイの瞳に何かを感じるわけでしょう? そんな所が好きだな。
人間のいくつも持っている色々な部分、こういう人は絶対こうですよっていうのが無い複雑さ…。

り:一筋縄でいかない。

み:いかない。この人はこんな所があるんだみたいな。
あれだけ怒鳴り散らしてるアントワーヌだって、ニコって笑ったりするとか。
原作にはいろんなシーンがあるんだろうけど、何処をピックアップして映像で残していくかっていうのは監督の手腕だと思う。


~今回の映画~
「たかが世界の終わり」 2016年 カナダ・フランス合作
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:ギャスパー・ウリエル/レア・セドゥ/マリオン・コティヤール/ヴァンサン・カッセル/ナタリー・バイ

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間