ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎2本目 『たかが世界の終わり』

2020/02/06


【あらすじ】
もうすぐ自分が死ぬことを伝えに、故郷に戻ってきた青年 ルイ(ギャスパー・ウリエル)。
それを知らない家族たちは、ルイを温かく迎えたり、冷たく接したり、それぞれの想いで彼に接しますが…。


(チラシを見ながら…)

路子
路子
このコピーが全部良いわね。

「愛されたい、愛されたい。嫌われても、愛されたい。」

「溢れるほどの愛が、手のひらからこぼれていく。」

「理解できない、でも愛してる。」

「愛が終わることに比べれば、たかが世界の終わりなんて。」

「人は誰しも、愛し、愛されたいのです。分かり合うのは難しいけれど、いつかきっと届くはずです。」


前作『Mommy(マミー)』のチラシも5種類くらいあって、良かった。
今回原作があるんですね。ジャン=リュック・ラガルスの『まさに世界の終わり』。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
読んでみたくなるわね。

路子
路子
最初から涙してたのは、何故ですの? わかるような気はするけれど。

ドラン映画って、自分が何で泣いているのかわからない。『Mommy』の時に自分のFacebookで感想を書きましたけど、いわゆる涙するシーンとかでなくても泣ける。
冒頭で主人公のルイ(ギャスパー・ウリエル)が、自分の余命が短い事を家族に伝えに行くっていう飛行機の場面、物凄くギャスパー・ウリエルが美しいですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
あの人って『サン・ローラン』に出てた人? サン・ローラン役の人?
そうです。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
全然違うわね。凄い良かったもの。

路子
路子
今回の映画は主にまなざししか映さないのよね。

あまり全体を映していなかったですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうそう。陰影でね。ギャスパー・ウリエルの横顔が凄く綺麗。

横顔、良いですよね?(笑)。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
あれは良いと思った。瞳と、目が潤んでるのか、潤んでないのか、微妙なところも。

全体的に正面、顔のアップが多かったですよね。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
うん、多かった。

路子
路子
冒頭の飛行機のシーンがモノローグとして始まって、それから歌が流れ始める。
とてもあの歌良かった。(Camille「Home Is Where It Hurts」という歌)歌詞もメロディも。私はあそこでグッときちゃって。

ドランの映画って、音楽が物凄く良いですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
良い!良い!!
何でそれ選ぶの?って。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
最初のシーンで、歌詞が翻訳でちゃんと流れて。『Mommy』の時もそうだったわね。
ドラン映画って、歌ありき。歌も含めて物語。だから、言語がわからない身としては、ちゃんと訳してくれて良かった。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
だって、台詞と同じくらい重要な意味があるから。
あの歌だけで「家族」というものはそういうところよね、というのが最初に提示されるから良かった。歌声もとても切なくて良かった。そこだけで情感溢れてきちゃうっていうか。

どのシーンを切り取っても痛いんですよね。胸を鷲掴みにされるって、本当にこういう感じなんだなって。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
しかし、しかし、しかし、不器用過ぎる! 不器用過ぎる人達よ。
割と名優ばっかりじゃないですか。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
ねっ。マリオン・コティヤール、レア・セドゥ出てて。
ギャスパー・ウリエル、ヴァンサン・カッセル出てて、ナタリー・バイ。ちょっとそれが最初怖かったんですよね。有名な人ばかりを出し過ぎると…。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
もうそれぞれにカラーが付いちゃってるからでしょう?
そうそうそう。また来たかみたいな。それを私、岩井俊二監督の『花とアリス』で凄く思ったんですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
その映画もいろんな人がいっぱい出てるの?
あまりにも出過ぎて、そこに頼り過ぎちゃってる感じ。でも今回は全然そういうのを感じなかった。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
全員が有名な人に見えない。
光り輝くという感じでは…。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
無い。だから多分、俳優たちの事を詳しくない人が観たらそんなに有名な人達だとは思わないと思う。マリオン・コティヤールだって全然。
どうでした? マリオン・コティヤールもレア・セドゥもそんなに好みではないんですよね?
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そう、両方とも好きじゃないけど、あまりにも抑えられてるから名もない人達がが頑張ってるくらいの感じがして、全然嫌じゃなかった。レア・セドゥが、とても良かったし(笑)。
(笑)。
レア・セドゥのビッチ感と、激しさ、凄い叫ぶシーンとか。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
クレイジーにね。
そういうところ、レア・セドゥ良いなって前からずっと思っていて。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
お兄さんの妻・カトリーヌ(マリオン・コティヤール)は鈍くさい感じの役柄。執拗につまらない話をする。何とかその場を盛り上げたくて、つまらない話を結局してしまうという、あれが良く出てたね。
マリオン・コティヤール上手いですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
本当にダサく見えたの。
母親役のナタリー・バイも。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
ナタリー・バイは有名な人なの?
そんなに日本では有名じゃないですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
私は凄く好きだけど。髪型似てるし(笑)。
(笑)。
私、フランス映画祭でナタリー・バイの映画って割とよく観る。昔から好きで。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
主人公のルイみたいに、家族の中で一人だけ浮いちゃってる人っているでしょう?才能とか、いろんな物によって浮いちゃってる人。私、割と自分が少しそんな感じがするから、よく分かる。愛していない訳ではないし、家族もみんな良い人達という存在だけど、誰一人として同じ精神圏では話せない。

路子
路子
お兄さんのアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)が車の中で「早めに空港に着いて、一人で何もせず待っていたんだ」みたいなルイのそういう訳の分らない話が嫌なんだよと、苛立って言うけれど、その訳の分からない自分に対するコンプレックスがあるから苛立つのよね。そういう所も凄く分かった。家族の中で異物である事。

だからみんな、恐怖を感じてるって。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
そう。恐怖なの。恐怖を感じていて、ルイがいない事での平和だったり、何で帰ってこないの?っていうのは有りつつも、いない事で均等が保たれてた。そこに「異物」であるルイがポコンって侵入する事によって、何かが変わっちゃうんじゃないか、と思ってる。

路子
路子
あとは、ルイ以外の家族が、自分達の無知さとか、無教養さとか、そういうので自分達をつまらない人間だとルイが思っちゃうんじゃないかっていう恐怖感は多分あった。
いるだけでそういう風に与えちゃう人。
アントワーヌは気付いていたのかしら? 何かあるって。余命の事とか。

みんな気付いていたのかな…。特にカトリーヌは何か知っているような。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
最初からでしょう?
最初から。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
意味のある目をしている。でもあの性格で気付く?
そのへんはずっと分からないじゃないですか、最後まで。ルイが「しっー」っていう動作を最後にするから、尚更分からない。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
以前住んでいた家の家具が置いてある部屋で「あとどのくらい?」と、カトリーヌがルイに聞くでしょ?ママの所に行くのにあとどれくらい?、という意味ではないのよね。
アントワーヌもそういう感じで、妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)も何かしら。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
不安を感じているような。
でも、お母さん(ナタリー・バイ)だけはそういう感じがそんなにしなかった。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうね、うん。
お母さんは、わざと明るくしている感じがする。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
みんな、不安を感じているのよね。
本当に「恐怖」ですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
不安どころじゃない「恐怖」よね。
主人公も家族に対して「恐怖」を感じているし、家族も彼を「恐怖」だと思ってる。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
だからみんなおかしくなってる。みんなおかしくなる事で、みんなそれぞれお前おかしいんだよ!って言い合っている訳でしょう?

そうそう。
りきマルソー
りきマルソー


路子
路子
良い映画だったね。

多分もう一回観に行くな。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
また発見があると思う。シーンだけで意味なんて何もなくて良い。ストーリーも分からない時点で何かがあるっていうものを、例えば音楽とか主人公の存在とかで感じてじわーんとするのってあまり無いよね。冒頭ののシーンで、私も涙出しちゃった。歌だけで。歌の前の独白から、もちろん内容が内容なだけに。
たまに物凄く綺麗なシーンを挟んでくるじゃないですか。
カーテンが風で揺れてるとか、過去に自分たちが過ごしていた思い出の「日曜日」のシーンとか、空の青さとか。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
あれパパなんでしょう? 肩車とかしているの。
そうだと思います。ああいうシーンはズルい。いつもああいうシーンで私は泣いてると思う。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
ルイと昔の恋人との性愛のシーンとかね。あと、その「日曜日」のパパが出てくるシーンで突然音楽が盛り上がってさ、無理やり引き込まれていくっていう「音楽の盛り上がりの罪」。
いつもそうですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
『Mommy』の時もそうだったわね。
『Mommy』のラストシーンとかね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
家族って本当に難しいんだな、というのも凄く感じた。難しくて当たり前?
私、終盤で言い争いをしているシーンのアントワーヌに感情移入しちゃいました。今は一緒に住んでますけど、うちも以前姉が家を出てったことがあって。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
それは結婚で?

ううん。家出の感じで。当時、私と母と二人暮らしになったんですけど、姉が出てった分、自分が頑張らなくてはいけないっていうのと、少し良い子でいなきゃいけないっていうのがあって。
だからアントワーヌみたいに本当は喋らない人間なのに、喋るように見せているとか、他人に見せる為に自分を作り上げている所とか、ギャスパー・ウリエルが演じる主人公・ルイを殴ろうとした時の傷ついた拳のアップのシーンとか。
りきマルソー
りきマルソー


路子
路子
自分で何かにあたってるっていう事でしょう?

そうそうそう。そういうところにきてしまって。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
それは自分に投影してって事? 自分に重ねて?
それもあります。何で分かってくれないんだ!とか。
そういう事も言うじゃないですか?
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
うん。だから一番理解されていないのは、もしかしたらアントワーヌかもしれないわね。言葉が達者じゃないから感情表現が上手く出来なくて、結局、怒りとか、人にあたったり、人を傷つける言葉で嫌われちゃうみたいなところはある。
でもそれを劇作家だけあって、全て知性で分かってしまうルイは、アントワーヌのそういう所も全部分かってる訳だから、帰れって言われた時にそれに従う。
お母さんはそういうところを分かっているのかもしれませんね。やっぱりそこは…。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
お母さんだから?
そうですね、お母さんだからかな。
シュザンヌが思っている事も、アントワーヌが思っている事も分かった上で、2人の背中を押してあげられるのはあなただってルイに言うシーンがあるけれど、それぞれの人物の立ち位置が冷静に描かれてる。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
アントワーヌがルイに帰れと言ったのは、恐怖感から? 均衡を取り戻す為なのかしら?
均衡を取り戻すっていうのもありそうだし、それこそ実は知っていたんじゃないかっていう。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうそう。そうするとこれ以上、みんなと仲良くしたって死ぬんだから余計な愛情を増やすなと。哀しみが深くなるだけだ! という事なのかしらね。
あとは、ルイにこれ以上言わせたく無いというか、逃げ場を作ったとも考えられるし。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
そう考えていくと、表面的な怒鳴り合いとか、悪口の言い合いと、全く対称的に皆それぞれの愛に溢れてる。だから本当に表し方が不器用なのよね。

路子
路子
ギャスパー・ウリエルは『サン・ローラン』より全然良かった。

(笑)。
私、『サン・ローラン』は、ただ悶える映画だと思ってる。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
それはルイ・ガレルとギャスパー・ウリエルだからでしょう?
『サン・ローラン』のギャスパー・ウリエルは、私のどこかに物凄く引っ掛かったんでしょうね。最初から「うーん…もう!…」って悶えていて。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
好みって事? ルイ・ガレルとどっちが好き? 二人が来たらどっち取る?

ギャスパー・ウリエル!!
ギャスパー・ウリエルを最初に知ったのは、アンドレ・テシネ監督でエマニュエル・ベアール主演の『かげろう』。それで彼を知って。この時はまだ少年だった。
りきマルソー
りきマルソー


路子
路子
『たかが世界の終わり』みたいな映画を観てしまうと、本当に映画って映画館で観なきゃって思ってしまう。良かったわ、この作品を映画館で観て。これDVDじゃダメだわ。これだけの集中力で観てないと。

すんごい集中力ですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
だから本当に、まばたきしたら分からなくなっちゃう。瞳のまなざしの一瞬に全てが込められてるから、まばたきしている間に見逃したら彼らの心情を汲み取る事が出来なくなってしまう。
そして物凄く疲れますよね。良い意味での疲れですけど。丁度良い長さでした?
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
うん、何分だった?
99分。
りきマルソー
りきマルソー

 

路子
路子
もっと短く感じたわ!

路子
路子
他にドラン映画ってどんなのがあるの?

私、最近『胸騒ぎの恋人』というのを観たんですけど、昔の恋愛を思い出してしまいました。
ある男の子をストレートの女の子と、ゲイの男の子が好きになるっていう話なんです。そういう経験が昔あって、とても胸が痛かった(笑)。
りきマルソー
りきマルソー

グザヴィエ・ドランは、映画館向けの映像を撮るのが本当に上手い。『私はロランス』にも印象的なダンスのシーンや、主人公2人が歩くシーンがあった。『たかが世界の終わり』の過去の日曜日のシーンに匹敵するくらいの映像。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
お母さんが「理解できない、でも愛してる」という台詞は、『Mommy』にも通じている感じ。
2回目にこれ観たら、物凄く泣きそう。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
2回で済むかしら?
また観たいなとは思ってもDVDで良いかなって事が多いですけど。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
これは絶対劇場よ。
そうそうそう。ドランの映画に関しては絶対に劇場!
ドランって良いスピーチしますよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
前の時もね。(両方共、カンヌ映画祭でのスピーチの事)
やっぱり凄く社会と関わっているのよね。アーティストとして浮遊してない。そこがとても好き。
今回カンヌ映画祭のグランプリを受賞したのね。前回受賞したのはどの作品?

『Mommy』の時かな。カンヌ審査員賞みたいです。
りきマルソー
りきマルソー

これ路子さん好きな言葉じゃないですか?
りきマルソー
りきマルソー

「無関心な知恵より、情熱的な狂気の方がいい」
(グザヴィエ・ドラン カンヌ国際映画祭「たかが終わり」グランプリ受賞スピーチより)

路子
路子
もう最初からチェックしているわ(笑)。アナトール・フランスね。これを拾うドラン。私が目指す所よ。
でもこれが一番響くかな。チラシの。

「愛されたい、愛されたい。嫌われても、愛されたい。」

結局CDも買った(笑)。(パンフレットもCDも買った私)パンフレットも買うのを控えよう、物を増やさないようにしようと思っている矢先。
りきマルソー
りきマルソー


路子
路子
そこまで感動したのはね。しかもとても質が良いの。

この間観に行った野田秀樹の舞台のパンフレットでも思ったんですけど、そのサイズ良いですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
このサイズ良いわよ。取っておくにも良いし、バッグにも入るし。

(パンフレットを見ながら…)


「これが最後だなんて、僕たちは哀しいくらい不器用だった。」

路子
路子
これが最後なのよね。みんなルイが死んだと聞いたら、自分は最後、彼に何を言っただろうと、回想する事になるわけよね。若さ故のスピーチも良いのよね。

「夢を捨てなければ、世界は変えられるのです。」
路子
路子
これはドランの言葉だけど、多分これ50歳になったら違う言葉になると思う。そこが好き。変に斜に構えてない。それこそヌーヴェルヴァーグのゴダールとか、あのへんの人達とちょっと違う。若くして出たっていっても違うでしょう? 神は二物を与えたわね。

路子
路子
『私はロランス』でナタリー・バイと組んでるのね。
原作は、若くして亡くなった後に人気が高まり、今やフランスでもっとも上演されている劇作家。
音楽はガブリエル・ヤレド、「イングリッシュ・ペイシェント」の人ね。
ジュリエット・ビノシュが出ているので、アカデミー賞で助演女優賞獲ってるのよ。私書いてる。凄い映画だって。

あのシーン好きだったな。エアロビのシーンで、みんなで楽しくなった瞬間に。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
アントワーヌがニコってするのよね。
そうそう、ニコって。その後に、ルイがアントワーヌにウインクをパッって。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
あそこ美しいね。自分もニコって笑ったの。だから凄いホッとしたんだなって思って。
ドラン映画って重い映画が多いからこそ、ああいうキラキラしたシーンが出てくると、気休めになるというか、ホッとする。緊迫した状況の中だから。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
だからこそ際立つのよ。あれが普通の映画の中にあってもふーんっていうシーンなのに。ズルいわよね(笑)。 あれだけの内容でずっと観てるから。
不愛想な人が笑うだけでホッとするっていうのあるでしょう? 私いつもニヤニヤしてるからズルいなって思うんだけど、それと似ている。

路子
路子
パンフレットのストーリーを見ると、カトリーヌは「瞳の奥の何かに気づいてる」って書いてある。

ルイとカトリーヌは初対面のはずなのに、初めて二人が会ったっていう感じがしなかったですよね。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
「カトリーヌはその答えをルイがアントワーヌに話すことを望んでいた」って。
この原作者は、エイズで若くして死んだっていうのが出てる。彼の自叙伝的要素があるって。原作にも興味があるわね。

路子
路子
ルイ役のギャスパー・ウリエルは、ほとんど台詞が無かったわね。二言三言で返すって劇中でずっと言われてたけど。だから余計に瞳の動きがあったのね。
ギャスパー・ウリエルがグザヴィエとの仕事で「今回のような至近距離での撮影では特に、顕微鏡で覗かれているのと似ていて、呼吸一つひとつ、まばたきの一つひとつをカメラが捉えてくれているという感覚は素晴らしい」ってある。本当にそんな感じよね。

路子
路子
こんなのもある。「あなたの映画は、これまで息子と母親の関係を扱ってきました。でも今回は、家族の映画ですね。あなたにとって“家族”とは何ですか? という問いに、ドランは「よくわからない。答えられないよ。家族は家族だ。家族という言葉がすべてを言い表している。それ以上のことは言えないよ」って答えてる。本当だよね。言えたら作らない。

どの映画を観ても、お母さんってキーパーソンなんですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
それがメインのテーマだったりもするでしょう?
グザヴィエ・ドランにとって、お母さんっていうのと、ゲイである自分っていうのは大きな要素だしブレない。オゾン監督の初期はゲイという部分が大きかったけど、全体的な視野で見るようになってきたじゃないですか。まだ彼は若いからこの先どうなるかわからないけれど、その部分が全然ブレない。
ちゃんと自分の知っている範囲で描いているのかなって。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
知らない事は描けないってサガンもそう言ってた。いつも中流、上流あたりの恋愛関係ばかりで、社会の貧困とかを描いてないと言われてたけれど、私は知ってる事しか描けないのよって。そこが良いんでしょうね。

路子
路子
愛を描いてるっていうのは、ルイが帰ってきた事に対して全員が恐怖を感じるって事自体が愛なのよね。帰ってきた事で恐怖を感じるとか、何か言いたい事があるから言わせなきゃ、でもそれを聞きたくないから阻止したいみたいな心の動きって、愛情が無ければないのよね。それこそ「愛の反対は無関心」という言葉があるけれど、無関心だったらまずそこまでは思えない。

シュザンヌだって、長い間ルイに会ってないけど、彼に対する愛は強いですよね。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
だからシュザンヌも聞き出そうとするじゃない? 何で今迄帰ってこなかったのに急に帰って来たの?って。でもやっぱり答えを聞くのが怖いから茶化しちゃう。愛というものが基本にあるからこそ、あれほど動揺して、みんなあたふたしちゃうのよね。

路子
路子
『ミューズアカデミー』がまた出てきちゃうんだけど(笑) 。
『ミューズアカデミー』と違って、ステレオタイプじゃないのよ。カトリーヌも、あんなに鈍臭くて、表現も下手だし、人が面白いって思っているかどうかも分からない話を永遠とするようなああいう人だから何にも勘付かないはずなのに、初対面のルイの瞳に何かを感じるわけでしょう? そんな所が好きだな。
人間のいくつも持っている色々な部分、こういう人は絶対こうですよっていうのが無い複雑さ…。

一筋縄でいかない。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
いかない。この人はこんなところがあるんだみたいな。あれだけ怒鳴り散らしてるアントワーヌだって、ニコって笑ったりする。原作にはいろんなシーンがあるんだろうけど、何処をピックアップして映像で残していくかっていうのは監督の手腕だと思う。


~今回の映画~
『たかが世界の終わり』 2016年9月 カナダ・フランス合作
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:ギャスパー・ウリエル/レア・セドゥ/マリオン・コティヤール/ヴァンサン・カッセル/ナタリー・バイ

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間