ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎13本目 「ルージュの手紙」 フランス映画祭2017公開作品

2017/06/28



※フランス映画祭2017で先行上映された本作。公開は2017年の冬との事。ネタバレがありますので、お気をつけ下さい。

み:これって原題が「助産婦」っていう意味なのよね。

り:「The Midwife」。日本のタイトルが「ルージュの手紙」って。

み:勘弁してよって感じよね。ラストのチュって入った手紙の事でしょう? そのタイトルは良くないわよ。全然違う。まあドヌーヴ演じるベアトリスの魅力が出ている最後の重要なキスマークだけれど、それをこのタイトルで映画全体を表すっていうのは違う気がする。

り:ルージュを指している訳ではないですもんね。ベアトリスのキスが幸せをみたいな意味合いなのに。

み:そうそうそう。カトリーヌ・フロ演じるクレールのパパも、ベアトリスのキスは凄くハッピーになるって言っていたみたいだし。


み:出産のシーンがいっぱい出てきたけれど、あれどうだった?

り:そのシーンで生と死っていうのを強く感じられました。上映前にドヌーヴが死についてって言っていましたけど、出産シーンが入る事で際立ちますよね。路子さんは思い入れがありましたか?

み:出てきたばかりの子を胸に抱くっていう経験していると、その時の事を思い出すわ。

り:結構あのシーンで泣いている人も多かったですよね。

み:うん。経験していなくても泣ける。やっぱり出産っていうのは、自分が生まれてきたっていうのをイメージしてグッとくるものがあるし、自分が産んだっていうのもグッとくる。

り:それ自体がエネルギーを持っているし、それに圧倒される。

み:普通出てくるシーンって綺麗な状態になった子どもが多いけれど、本当に胎盤とか体液にまみれた状態の赤ちゃんを映すというのは、非常に衝撃的でそれが良かった。


み:クレールとベアトリスの関係は、父親の愛人って事かしら?

り:そうだと思います。

み:クレールのママより先に会っているのかしら? ベアトリスが何でクレールのお父さんとお母さん(実母)は結婚したの?って聞いたりしているけれど。

り:一緒に過ごしていた話をしていたから、クレールが生まれた後っていう可能性もありますよね。多分経緯を聞いただけなんだと思います。

み:ベアトリスの事は自分を裏切った人って言っていたから、クレールもベアトリスに対して凄く愛情を持っていたって事よね?

り:むしろ実母は自分と合わないってクレールは言ってましたよね。だからベアトリスに対しては好意を持っていたと思います。

み:クレールは助産婦として社会的にも意味のある仕事をして、健康にも気を遣って、平凡な日常を過ごしていたけれど、菜園のトラック運転手とベアトリスとの出会いが重なる事で、凄く自分の生活がエネルギッシュになっていく。はちゃめちゃやり始めるけれど、潤いや艶が生まれてくる。でもああいうのって割といろんな映画で使われる手法よね。

り:最近も観た様な気がする。カトリーヌ・フロは「女はみんな生きている」でもそういう役を演じていましたよね。

み:そうね。

り:でもベアトリスと出会わなかったら、菜園の彼との関係は始まらなかったような気がする。今迄通り助産婦の生活だけでじみじみ暮らし続ける感じはするかな。やっぱりベアトリスのエネルギッシュさと自由さと。

み:女っていう部分をね。

り:良い意味で巻き込まれてる。

み:結局最後ベアトリスは去っていくけど、あれは死のうと思って去っていくんだと思う?

り:気になったのは、去っていく部分とラストの紐が外れて船が遠くへ行く部分。

み:ボートでしょ?

り:その前にベアトリスがボートを見るシーンが出てくる。あれは留まっているんじゃなく、旅立つっていう比喩だとは思いますけど。

み:ああ成程ね。繋がれていたボートが、繋ぎが外れて浮遊していくっていうね。だからあそこで死んでるとかそういう訳ではないのね。

3人でトラックに乗ってわあーって騒いだ後に去っていくのを決めるけれど、あれはトラックでのシーンの時にベアトリスの中でどんな想いがあったんだと思う?

り:ベアトリスがボートを見るシーンがあって、その場面になりますよね?

み:そう、すぐに来たわね。

り:ベアトリスがトラックを運転する場面が出てきますけど、その時に何となくクレールと菜園の彼を温かく見守っている感じがするんですよね。自分が居たら2人の邪魔になってしまうと感じている部分があるのかな。

み:あとはトラックの運転っていうのと、放浪者っていう繋がり。一所に落ち着くっていうのが自分には向いていないっていうのを感じているのかもしれないわね。

り:色々な所を渡り歩いていたみたいな事を言っていましたね。

み:自由に好きなように生きてきたから、悪い人生では無かったって言ってたわね。またこの映画も「ドリーマーズ」と同じで、もうちょっと自分の人生をかき混ぜても良いのかなって思った。

り:そう思わせるだけの力がありますよね。それがドヌーヴだからなおさら説得力がある。


み:そうそう。ドヌーヴの女優としての実人生とも重なって見えるから。やりたい事とかを世間の批判というものに照らし合わせて止めた所で、じゃあ何が得られるの?って。それが映画の中の食べ物にも象徴されて、ポテトフライとか。今日私達もさっき食べたけど(笑)

り:お酒とか煙草とか。

み:そう。そういう事なのよね。もう十分そうだって思われるかもしれないけれど、もうちょっと我が儘に生きていきたい(笑)

り:人生を謳歌していますもんね。

み:その通り。今も私追い詰められているけれど、やらなきゃいけない事って本当に今しなきゃいけない事なのかな?って。逃避になってしまうかもしれないけれど。もうちょっとやりたい事を優先して考えた先には、もしかしたらもっとクリエイティブなものが広がっているかもしれないってちょっと思った。うん、凄くそう思った。ベアトリスは脳腫瘍で先は短いけど、皆一緒。いつ死ぬか分からない。そうすると失う物なんてそんなに無いのよね。

り:うん。死んでしまったら何でも無くなっちゃう。


み:さっき私達恋愛の話をしていたけど、こうしたら重たいと思われるとか、こんな風にしないと長く続かなとか、それこそ彼・彼女に嫌われちゃうとか、そんな風にして色々な事をコソコソと考えたりするけれど、今日映画を観ていて、いやいや手に入れてないんだから失うものなんてそんなに無い筈って思った。

例えば結婚して旦那さんがいたり、一緒にずっと生きていこうねって誓い合った人がいたとしても、それは自分の手の中に入っているという錯覚だけであって、予め失われているものなのだから、何かを守ろうとして必死になっているのはベアトリスから見たらちゃんちゃら可笑しい話なのよね。私の人生を彼女が見たら、ハハハハで終わってしまうと思う。

り:行動こそ全てみたいな部分がある。

み:そうよ。

り:そうでなければクレールの息子の唇にキスなんてしないと思う。

み:うん。したい事をしないとね。それが犯罪とか、人をメチャクチャ傷つけるとかには反対だけれど。あのキスの場面は、ベアトリスが好きだった人の孫なのよね? ベアトリスとは血の繋がりは無い。あまりにもかつて好きだったクレールのお父さんに似ていたから、可愛いって思ってキスしてしまったのよね?

り:まあ可愛いだけなのか、クレールのお父さんのスライドを見ていた時だからあまりにも重なり過ぎてしまっていたからなのか。

み:同じに見えてしまったのよね。

り:そうそう。そちらの方が大きいと思う。

み:でも普通の人はそこでキスしたりしない。それをするって事よね。これからはそういうシチュエーションが来たらしよう!

り:(笑)

み:それを今日の映画の教訓にしよう。それで手放してしまったり、どこか誰かが行ってしまったら、それまでの相手という事。

り:そうそうそう。

み:やっぱり大女優2人の共演って緊張感があるわね。存在感が半端じゃない。

り:そして個性と個性なのに上手く混ざりあってる。


み:あの後ベアトリスは何処で何をするのかしら。

り:生活自体は変わらないような気がする。世渡りが上手そうだから、誰かの所に転がり込んで「ちょっと困ってる」とか言っていたり、お金足りなくなったらまた博打で稼いだり。ずっと病院でいじいじしている感じはしない。頻繁にめまいを感じる事で生きるっていう事に危機を感じているけれど、それが逆に原動力になっているという部分はあるような気がする。

み:まだ死にたくない、生きたいって言ってた。


~今回の映画~
「ルージュの手紙」 2017年 フランス
監督:マルタン・プロヴォ
出演:カトリーヌ・フロ/カトリーヌ・ドヌーヴ/オリヴィエ・グルメ

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