ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎15本目 「卍」



み:短い間に3回観た人がここにいます!

り:(笑) 母は読んでいたかもしれないんですけど、私は谷崎潤一郎の「卍」って読んでいないんです。映画との大きな違いはありますか?

み:ううん。全然違うという所は無かったと思う。

り:この間、路子サロンで谷崎をテーマにしていた時、「卍」の話は出ましたか?

み:「卍」の映画を観たっていう話は出ていたけれど、「痴人の愛」のナオミで盛り上がってしまったので、そんなには出なかったの。

り:アマゾンプライムで見つけた時に、観たいなって思っていたんです。というのも、昔から岸田今日子には興味があって、彼女が書くエッセイなどは読んでいたのですが、作品は観てなかったんです。寧ろその当時は吉行和子が好きだったので、吉行和子の友人の一人っていう意識の方が強かったです。テレビなどでは観ていましたけれど、演技をしている姿ってあまり観た事が無くて、映画でちゃんと観たのが今回初めてなくらいでした。とにかく顔のインパクトが強いつよい。

み:凄かったわね。私は岸田今日子を久しぶりに見て、今の女優さんって女優さんじゃないって思ってしまったの。

り:昔の映画って若干嘘くさい演技みたいなのがありますけど、迫力というかなんというか。今の人ってちょっと浅いというか。

み:前にも話が出たかもしれないけれど、手の届かない存在ではなく何処にでもいるような人が人気であるように、演技もナチュラルにする傾向があるから、そこに非日常が無い。

り:だからこそ現代は自分と共感する人が多い。


み:今日「卍」を観て思ったのは、芸術の一つの形があるというか、これをカタルシスと言ってはいけないけれど…。茨木のり子が自分が芸術作品かそうじゃないかを判断する基準は、そこにカタルシスがあるか無いかだって言っているの。カタルシスって浄化作用の事だからイメージが違ってしまうけれど、ある意味のカタルシスがあるんだって思った。何がそうなのかなって思うと、やっぱり「異物」。日常にポコンと飛び込んでくる様な「異物」がこの映画や原作には確実にあったわよね。凄くクレイジー。

小説の中ってレズビアンのシーンが一度も出てこないの。絡みとか、乳房をとか、足をみたいな描写は全然出てこない。だから見方によっては、この2人って肉体関係があったの?無かったの?どっち?って思うかもしれない。りきちゃんはどういう風に感じた?

り:プラトニックさも感じました。キスをするとか抱きしめるっていうのはあるけれど、行為をするとかでは無く、お互い相手を見るだけで気持ちが昂るし満たされている。

み:そういう風に描かれてはいるけれど、実際はあるわよね? だって一緒に寝てるのよ?

り:「卍」って何回かリメイクされていますよね?

み:うん。樋口可南子のとか。

り:そっちの方がセックスシーンがバンバン入っているっていうのはネットで見ましたが。

み:だからやっぱりあるのよ。でもそれを敢えて描かないっていう所がまた良い。サガンが「愛の行為をするのは好きだけれど、愛の行為を書くのは好きじゃない」って言っていたの。自分の文学としては、そこを書く必要がないでしょう?って。敢えてそのシーンを入れなかったのは、時代的に入れられなかったっていうのもあるかもしれない。同性愛っていうだけで物凄いタブーだから。だけどそのシーンが無い事がまた「異物」だと思うの。そのくせ「もっと裸見せろ」とか大胆な事を言う(笑) シーツびりーって破ったりして。いきなり狂気から入るものね。あのくらいの相手への興味や想いは大恋愛にしか無いけれど、あんな想いを経験できる人は、一生かけても世の中にはそんなにいないと思う。

み:若尾文子演じる光子が可愛くて小悪魔なんだけれど、完全に岸田今日子の前に姿を消してしまってる! あんなに可愛くて、彼女がメインなのに。

り:あっ、そうなんですか? 私、岸田今日子がメインかと思っていました。まあ、よく考えればそうかあ。

み:岸田今日子も語りだしメインでもあるのだけれど、若尾文子演じる光子が全てを起こしているからね。岸田今日子演じる園子は、光子を取り巻く何人かの一人。凄く魅力のある女性として描かれているのは光子のはずなのに、完全に存在を消されちゃってる感じがするわね。

り:舞台あらし!

み:舞台あらし!! それって北島マヤみたいな感じですか?(笑) そう考えると原作と違うなって思う所は、園子が原作よりも。

り:より濃い。

み:凄く。

り:原作では何歳くらいの設定なんですか?

み:結構若いと思う。

り:映画を観ていると、たまに子どもっぽさを感じるんですよね。

み:昔だから、結婚も早かったと思うの。だから20代の半ばくらいかしら。

り:園子が旦那に言い詰めるのは、彼女は婿を取ったっていう意識からなんですか? それとも彼女の元々の性質なんですか? イメージでは、その時代の人って旦那の3歩後ろをって感じですが、園子は全く違う。寧ろ現代にとても合っている感じがしたんです。

み:夫婦間の間で女が強くてっていう所ね。それはあるかも。多分、谷崎のM的志向がそこにある。光子は「痴人の愛」のナオミと一緒。本当に谷崎さんが好きな悪女。奔放で魔性な女。ああいうのに翻弄されるのが大好き。踏まれるのも好きな人だから、だからやっぱり描き方はそういう風なのが多くなる。クレイジーさで言うとナオミの方が抜きん出る。だから路子サロンでもそちらをメインに扱ったけれど、光子も似てる。すぐバレる様な嘘をつきながら、周りは騙されているフリをしないと彼女を失ってしまうからそれに付き合う。

り:そういうシーンありましたよね。

み:お腹痛いいたい!っていう所ね。

み・り:痛いいたい!!(笑)

み:ギャグなのかどうなのか。

り:だから当時観た人の感想を知りたい。今こうやって観るとギャグに見えるけど、当時もそういう風に観ていたのか、違う風な感想だったのか。凄く知りたい。結構ツッコミ所が多いじゃないですか。職場の人とも話したり真似してたんですけど。

み:どこでどこで? 痛いいたい?

り:そうそう。あとはシーツ取られたりする所、破いたり、枕を破いて羽をバサバサ出したり、首の角度とか。

み:すぐに死ぬしぬ言うし。一緒に死んでくれる?とか。情死が流行っている訳ではないけれど、一緒に死ぬっていうのが一つの愛の形としてあったものね。

り:でもそれが美しいとされていた。

み:うん。

り:「殺して」って皆言いますもんね。

み:死が近いわよね。あとは同性愛に対してのアンモラルな部分や時代もあるけれど、日本ってやっぱりキリスト教の国じゃないんだなって思った。あの物語の中に観音様とか菩薩様は出ているけれど、神は不在。例えば西洋のキリスト教文化で時代が前だと、何かいけない事をした時には神様に申し訳ないというか、背くという意識が出てくる。でも綿貫が柿内に兄弟の契りとかの話を暴露した時に、園子は世間に顔向けできない、死なせて頂戴みたいな事を言うのよね。「THE 日本」って感じがして凄く面白い。私の大嫌いな「世間って誰?」っていう所をついてきたから。世間に死んでお詫びをするみたいな考えは、日本は本当に神が不在で、世間なんだなっていうのがあの場面に表れていたと思う。

り:誰一人として登場人物が罪悪感を感じてないんですよね。あの時代で同性愛とかに対して、多少はあるにせよ強く責めたり責められたりっていうのが無いし、している本人も巻き込まれる人も、自分のやっている事に罪悪感を全く感じていないのが凄く面白かった。

み:感じてない、確かに。

り:後ろめたさとか、一般的に旦那がいるのにとか。

み:でも私思うの。時代が前過ぎて同性愛が同性愛者じゃない人にしてみればファンタジーなんじゃないかしら。リアルじゃないのよ。だから周りも騒がない。女同士で…みたいに面白半分で騒ぐけれど、それがどういうものなのかとか本当にそういう事は。

み・り:あるのか。

み:女同士でセックスってどうやるのかとか。旦那さんがいて他の男に会っていれば大問題になる所を、女性とだと問題にならない。旦那さんも光子と会うのは止めてくれとは言うけれど、ちゃんと分かっていない。

り:あやふやなんですよね。

み:凄いあやふや。本当に仲良しなお友達という描き方もされてはいるけれど、他のシーンでも同性愛の噂を立てるってぐらいだから。学校内の場面でそういうシーンはあまり出てこなかったけれど、「あの2人ってそうなんじゃないの?」っていう噂話はあったはず。だけど多分皆分かってないの。今は同性愛は当たり前だし、それを嫌う人はリアルにあるって分かった上で嫌う。でも映画の中はそういう感じでは無い。やっぱりファンタジー。原作でも映画でも、セックスシーンを出さない事によってそれがもっと際立つ。美しい同性の友情以上?みたいなのが描かれいますみたいな感じかしら。これを中山可穂が描いたら濡れぬれのシーンで、大変な事になると思う。

み:私は着物事件の後に旦那さんの所に戻ってせがむシーンの台詞が好き。

「うちの心にちょっとの隙も出来んように、いッつも、いッつも、可愛がりつづけに可愛がってくれなイヤやわ」

り:やっぱり原作読みたくなった。日本映画は苦手なんですけど、「卍」を観たら昔の日本映画なら観られるような気がしました。だから「Wの悲劇」とかも観てるのだろうし。昔、ゲイ雑誌にオカマが好む映画特集みたいなのがあって、「卍」が載っていたような気がします。だから観たかったのかも。あとは「吉原炎上」や、小川眞由美出演の映画とか。どれも確かに面白そうでした。恐らくツッコミどころ満載の作品が多い。音楽も凄く良かったですよね。

み:日本映画っぽくない音楽だったわよね。

り:ずっとピアノとか。

み:不協和音っぽい弦楽器が入っていたりだとか。

り:「赤線地帯」っていうのを昔観た事があるんですけど。

み:「赤線地帯」とか「吉原炎上」とかばっかりじゃないの(笑)

り:(笑) それも不協和音が流れる感じでした。

み:私も嫌だとか言いながら「赤線地帯」観た様な気がする。

り:「卍」って割とどのシーンでも音楽が流れ続ける感じですよね。だから観やすかったのかな。

み:そんなに日本映画って流れない?

り:最近はどうだか分からないのですが…。私苦手なんです。日本映画の中で、音が無く、台詞もない、本当に「シーン」っていうのが聞こえる場面が本当に苦手で、心地悪い。「卍」はそれが全然感じられなかったし、短期間で3回も観られたのも凄くスピーディーだったからだと思います。1時間半だから短いというのもありますけれど、無駄なものが無い。語りっていうので進んでいくのもとても良かったし、舞台化して観るのも面白いんじゃないかと思いました。

み:あと私、光子がやっていたあの時代の髪型とかファッションが好き。

り:こう、もりっとしたのですね。

み:盛りたーい!

り:頭が大きいからずっと首を傾げている訳ではないですよね?

み:違うわよ(笑) 盛りもりのボリューミーなのが好き。ジャッキーとか、私の母の新婚旅行の写真は、盛りもりなの。

り:あれはケープみたいなもので固めているんですか?

み:そう多分。あとはウイッグとかも流行っていたし。うちにもウイッグの入れ物があったのを覚えてる。ぺったんこではなく、とにかく盛る。パーマかけよっかなーって思ったくらい好きだし、ワンピースとかもロマンティック。

り:背中がちょっと開いて模様が入っているのもありましたね。

み:あったあった。あとは、ベージュの生地が胸部分にかかっていて、胸が開いているように見えるけれど見えないワンピースとかが凄く可愛かった。あの時代のファッションは綺麗だし、見ていて楽しい。着物や白い襦袢のシーンも凄く綺麗だった。

み:本といい、映画といい、何がエロティックかってタイトルよね。

り:本当にぴったりですよね!

み:「卍」ね。「まんじ」という字ではなくてね。このタイトルが一番エロティック。全てを象徴している。上手いね、谷崎先生!

り:本当にこの映画を観て読みたくなった。

み:読みやすいわよ!

り:難しいと思っていたんです。

み:是非、「痴人の愛」も読んでみて。ツッコミどころ満載よ。光子をパワーアップさせたのがナオミなので、本当に面白い。

り:私、光子を悪女だとは思わなかったんですよね。というのも、ああいう終わり方をしたじゃないですか。

み:うんうん。そうね、だから清純よね。本当に菩薩。死んでしまったんだものね。

り:本当に悪女なら。

み:自分だけ生き残るものね。

り:そうそう。と思ったので、悪女とは違う。現代的に言えば小悪魔的要素はあるけれど、それともちょっと違うような。

み:愚かなのかしら? 溺れてしまって、周りが見えなくなり、計算も出来なくなる。でも自分なりに小賢しい計算をしているけれど、いわゆる世の中を上手く渡っていく方に行かない。だから愚かなのよ。頭の悪い愚かさがとても可愛い。計算高いくせに上手く出来なくて、結局自分が死んでしまう。

り:でもそれはたまたまなんですかね? わざとなんですかね?

み:彼女はその時その時でベストを尽くしていて、自分の幸せや自分の事だけを考えて、一生懸命に行動しているだけだと思う。

り:死は幸せ?

み:幸せとまではいかないけれど、死は絶対に避けたいものでは無いという事かしら。

り:終盤のように、実際に園子のような立場だったら凄い嫌ですよね。凄い嫌ですよねの一言で片付けちゃうのはあれですけど。

み:何が一番嫌?

り:園子もラストの語りで話していましたけれど。

み:自分が後追いして死ななかった理由?

り:そうそう。

み・り:切ない!

み:でも結局信じられないのよね。最後まで騙されてるんじゃないかって思って。あそこは本当に切ない。後追い出来なかった理由がそれだなんて。

り:しかも更にその後みたいなのが無く終わるじゃないですか。「完」という字と共に。

み:原作も同じ終わり方。
そういえば「卍」に関しては聴き取りにくいっていうのが無かった。

り:ああ、無かった。ネットで見た情報では、谷崎が関西に行った時に関西弁の美しさに惚れて「卍」を関西弁で書いたってあって。

み:そうそう。

り:若干エセ関西弁みたいだと思うし、私達も関西弁は分からないけれど、それでも聴き取りやすかったです。

み:昔の日本映画ってやたら女の人が「(真似をしながら)どうしてそんな事なさるの?」みたいに。

り:ああ、ちょっと早口に!!(笑)

み:そう。「(さらにを真似しながら)私、そんな事言ってなくてよ」みたいなのばっかりで、それにとても違和感を感じていたの。

り:ありますね。

み:何で昔の日本映画ってこういう話し方をするんだろうって。それこそ小津安二郎の作品を観ていても、「(またまた真似をしながら)私はそんな事なくてよ」とか。

り:テープの速さの違いとかですかね?

み:巻いてしまっているのかしら。あとは黒沢映画とかを観てると「わぁーわわぁー!」って男の人が叫んでるのが聴き取れなくて、字幕が欲しいくらい。よっぽど英語とかフランス語の方が字幕があるから良いわって思ってしまう。そういう聞き取れないから日本映画は嫌だっていうのが、この作品には無かった。岸田今日子の声なのに。

り:ねっ!

み・り:岸田今日子の声なのに!!

み:岸田今日子って昔からいつでも目が離せない人だったし、彼女の朗読とかを聞くのが好きだけど、本当に素晴らしい女優ね。この人昔から老けてるわよね?

り:(笑) 若くも見えますけど、所々晩年と同じ顔だわって。

み:そうそう! えっ?これいくつってね。昔から老けている人なのね。これは本当に岸田今日子が持っていってしまった映画という感じがしますね。何で「卍」を観たいと思ったの?

り:最初に話したように、アマゾンプライムで見つけたというのと、岸田今日子に興味があったっていうのは大きいです。あとは最近若い女優さんが「岸田今日子さんみたいな女優になりたい」っていうのを見たというのも重なって(小島藤子さんという女優)。こんな若い子が岸田今日子知ってるんだって。

み:よいこの映画時間初の。

り:日本映画が。

み・り:「卍」(笑)

み:宜しいんじゃないでしょうか(笑)

~今回の映画~
「卍」 1964年 日本
監督:増村保造
出演:若尾文子/岸田今日子/川津祐介/船越英二

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間