ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎16本目 「スイミング・プール」



み:公開の時に日比谷シャンテに観に行ったの。その時に仲良くしていた映画好きな男の人が、今オゾンの映画が公開されているから観に行きましょうって。それで観に行ったんだけど、15分くらい経ったら隣で寝てるの。仲良くなって間もない頃で、私はそういう事を共有したかったのに、映画好きなのに寝るんだこの人って思って。上映が終わって映画の話になった時に、不眠症らしくて映画館入るとたまに寝ちゃうんだよねみたいに話していて、でもふっと目を上げたらシャーロット・ランプリングの陰毛が。

り:(笑)

み:迫ってきて、一気に目が覚めたよって言っていたのを凄い覚えてるのよ! それが「スイミング・プール」の私の強烈な思い出。で、その後におうちで1回観ているかな。作家が主人公の作品だし、自分も最初に観た時よりは年を取ってるから余計全てが分かる感じ。この作品は音楽がとても良い。

り:良いですよね。頭に残る。

み:(映画の音楽の鼻歌を歌いながらコーヒーセット中)
シャーロット・ランプリングはあの時点で何歳くらいだったのかしら。

り:やっぱりこの間「さざなみ」で観た時よりも若くは見える。2003年当時で57歳ですって。

み:57歳!? 凄く綺麗よね。身体見た??

り:見ましたよそりゃあ。舐めるようにして映りますもん(笑) でもこれはオゾンだからこそですよね。

み:オゾンはランプリングの撮り方を心得てるわ。こんなに良い映画だったとは! 作家が映画の主役になりにくい理由は、動きが無いからなのよ。塩野七生も書いていたけれど、作家を撮ろうと思っても、考えながらうろうろしてるか書いている姿だけで全然動きが無いから、作家を主人公にした映画は少ないって。
表情をご覧になりましたか?

り:うん。あの乗っている時の笑顔。

み:あのほくそ笑んでいる系の笑顔。うらやましー! でもきてるー!っていうのが分かるから、あの演技の上手さで引き込まれた。物書きの人だったら、あの感覚なんだろうなっていうのが分かると思う。

り:乗ってる時はどんなに周りがうるさくても、物凄く集中してますよね。

み:うん、関係無いのよね。サニエちゃんも存在感があるけれど、ランプリングを追っているだけで良い。ヨーグルトをドカ食いする所とか、気を遣っているのかいないのか…。あの場面とかでイギリス人というのを象徴しているのかしら。お店に行って、チョコレートのデザートを。

り:うんうん。甘いものをドカ食い。

み:食べ方とか、満足した顔をしているのよね。

り:今迄、甘いもので幸福を得てきたんですかね。コーラとか大量の砂糖が入ったヨーグルトとか。

み:そうそう。欲求不満をそれで解消していたのよ。


み:全体的に面白いんだけど、謎が分からない! 全てが妄想なの?

り:何度観ても不思議ですけど、この映画の中の出来事はシャーロット・ランプリング演じるサラが書いた内容、つまりラストで本になっていた「スイミング・プール」の内容なのかなって思っています。昔はジュリーのお母さんが亡霊として…なんて思ったりもしましたけど。

み:最後にあまり綺麗じゃない女の子が出てくるけど、あれがジョンの娘で本当のジュリーよね? (名前はジュリアとなっている)

り:あれは本当のジュリーだと思います。

み:何処までが。

り:現実で何処までが妄想なのかが分からないですよね。

み:でも最後にすれ違った時に挨拶も何も無かったという事は。

り:実際に会っていない。

み:本当のジュリーは別荘に来てないって事よね。ジョンが最初に娘の存在を話していて、週末には別荘に行くみたいな事を言うけど、そこからもう妄想は始まっているのかしら?

り:別荘に着いてから1回ジョンと電話をしますけど、ジュリーが来てからジョンとは電話で話をしていない。何か関係しているんですかね?

み:確かに。

り:ジュリーがジョンと電話しているシーンはあったけれど、それだって繋がっていたかも分からないし、その時もサラとジョンは話してない。1回も話していないのはおかしいなと思う。あとは、サラがタイピングをしているシーンで最初は扉が開いていたのに、場面が少し動くと扉が閉まっているみたいなシーンもあったような気がするんですよね。

み:そこは見過ごした! 着いたよっていう電話の時は繋がっているのよね? サラはジョンが好きなのよね?

り:愛人かどうかは分からないですが、そうですよね。

み:もしかしたら編集者と作家の独特な関係かもしれないけれど。私だけを見てみたいな、作家が編集者を独占したいっていう気持ち。行けないっていう電話は実際には繋がっているのよね。その後にリュディヴィーヌ・サニエ演じるジュリーが登場するけれど、その時は留守電だものね。という事は全てが妄想なのか…妄想というか小説なのね。凄くオゾンに楽しませてもらっている感じがする。

り:この頃のオゾンってミステリアスな作品が多くて面白いですよね。

み:この頃って、前後はなあに?

り:「まぼろし」「8人の女たち」「スイミング・プール」

み:「8人の女たち」の後なのね! それにしてもランプリングの目。

り:本当にシャーロット・ランプリングの目は凄いですよね。

み:目凄い。話を聞き出そうとジュリーを観察している時の、向かって右側の目の動きが恐ろしい程凄いわ。

り:冷やかさのある目も、ロンドンの冷たさのある作家っていうのにぴったりなんですよね。

み:うん、そうね。

り:でもたまに凄く笑ったりするあのギャップが恐ろしい。

み:恐ろしいよ! フランクも想像なのかしら?

り:フランクはカフェにいた人っていうのではあると思うんですけど。


み:私このパンフレット買ったような気がする。

り:このパンフレットの作り好きなんです。ちょっと広告は入っているけど、作りが凝っていて綺麗。

み:私は軽井沢を思い浮かべるけど、リゾート地とかの静かな所に行きたくなるわね。

り:プロヴァンスとかそっちの方面なんですかね?

み:多分ね。

り:夏になって、空気が澄んで、太陽の光がぱーって入った時、あっ「スイミング・プール」が観たいって毎年思います。

み:前に言っていたわね。

り:今日観てやっぱり思ったのは、光と風の動きと匂いを感じるんですよね。

み:うんうん、乾いた感じのね。

り:あと、水の美しさ。最初のちょっと汚いロンドンの水からのプールの水の美しさ。何年か前フランス映画祭にオゾン監督が来た時、水の事を質問した人がいたんです。よく使われているって。でもオゾン監督はあんまり意識していないみたいに言っていました。幼い頃とかに行った海水浴場や、そういった思い出があって、反映されているのだろうみたいな感じで。

み:「まぼろし」だって海が印象的だし。

り:「僕を葬る」だってラストのシーンは海だし。彼の映画って、水場の場面がやっぱり印象的なんですよね。


み:サラはどんどんどんどん生まれ変わるみたいな感じよね。

り:だって最初と最後じゃ人間が変わっていますもんね。

み:別人よね。

り:創作の為にジュリーを知りたいっていう気持ちがあってそういう風になったっていうのもあるけれど、何か超えた瞬間があるんですよね。殺人の協力ですかね?

み:それも全て想像の世界だとすると、実際にそういう事をしなくても想像力だけで甦生出来るって事かしら? だってあれは実際に起きていなくて、小説の中の事。その中でイマジネーションで自分がマリファナ吸って、男と踊って、庭師を誘惑して…みたいに書いてあんな風になれるとしたら、それって最高のマスターベーションよね。
実際に体験しているなら、誰かに影響されて、色々経験して、今迄封印していたものを解くとか、自分を解放してみたり。そういうのは分かる。でも自分が想像力で書きだした小説で、使用前・使用後みたいになれるなら凄いわよね?

り:実際の彼女自身も変わってますよね?

み:現実の使用前・使用後があるけど、表情からして違ってる。スランプに陥っていた作家が、スランプを抜け出して書けたからという捉え方も出来るけれど、瑞々しさが感じられるのよ。でもそれが別荘に籠もって、フランクの所にランチを食べに行ったり、庭師とちょっと話しているだけの中で獲得出来ているのであれば、それは素晴らしいですよね。想像力と創作行為によって、別人になれちゃってる。

み:パンフレットに私が好きな秦早穂子さんがこう書いてる。
「オゾンは自分の描いた構図の中にサラとジュリーの関係を絡ませる事だけに熱中している。それはサラの小説であり、とどのつまりオゾン映画になるという構造なのである。謎解きに夢中になる私達を見て、オゾンは上手くいったと拍手する。勿論女は手強いのは百も承知で、彼はさらなる手を打つ。しゃかりきになって謎解きしたり、真っ向から論じるのは野暮というもの。」

現実では無かったんだ?っていうのはあるけれど、オゾンが描きたいものはそこでは無くて、その小説の中。サラとジュリーの女同士の事とか、良い物を書くためだったら犠牲も厭わないとか。

み:最初サラが別荘に着いた時って、イギリスにいた時と違って物凄く機嫌が良いのよね。

り:天国よって言ってますよね。

み:うん。買い物してる時もルンルンした気持ちで、一人で住んで、一人で書くというのを凄く楽しんでる。だからあのテンションでいったんだろうなって思うとよく分かる。

り:実は最後までね。

み:うん、そうそう。上手く書けたり、妄想が膨らんだりね。

り:あの十字架はどう思いますか? 部屋に飾ってある十字架を棚に入れますが。

み:2回ね。

り:2回目に隠すのは何となく分かるんです。殺人に関わってしまったからっていうのでしまったっていうのは。

み:無神論者なんじゃないかしら。私達日本人が十字架を見て感じる違和感と、キリスト教が普及している国で、クリスチャンでは無いとか十字架の存在を信じない人が見る違和感っていうのは違うと思う。


み:それにしても2人とも魅力的だった。

り:オゾンのミューズですもんね。ずっと使ってる。

み:2人ともね。それをあんなに濃密に絡ませているんだから楽しかっただろうな、監督。取り方も綺麗だし。でもサラって髪型もそのへんのおばさんと一緒よね。

り:服装も結構。

み:それも多分そういう設定なんだろうけど、妙にかっこいいのよね。だから彼女がドレスアップなんかすると、立ちくらみする程美しくなりそうよね。

り:最後に着る花柄の赤いドレスとか。

み:別荘のクローゼットにあったものよね。これが実際にあったものだとしたら。

り:ジュリーのお母さんが着ているものですよね。

み:でもジュリーのお母さんは生きてる?

り:死んでる?

み:でもそれは小説の中での事よ。

り:もう分からない(笑)

み:だから実際には生きていて、あのあまり可愛くない女の子のお母さんとして何処かにいる。

り:遠くに住んでる感じでは無かったですよね。普段からロンドンにいて、普通に会いに来た感じだった。だから普通の円満な家庭。

み:もしくは別居だけしてるとか。あの別荘もまだお母さんが利用しているんじゃないかしら。だからお洋服が置いてあったりするのよ。

り:ずっと昔からあるっていう感じでは無かったですもんね。

み:匂いは嗅いでたけど。

り:全然大丈夫そうな感じでしたね。

み:だからサラの小説を私達は観たのね。

り:「スイミング・プール」という小説をね。映像として。

み:その上で内容を話すとしたらそれは素晴らしく面白い。50代半ば過ぎの女性が主人公はアガサ・クリスティみたいに同じシリーズを書き続けているベストセラー作家。でも嫌気が差してきて、スランプに陥ってる。介護みたいな事もして、独身。そんな状況。


り:場所が変わると創作意欲も変わってきますか?

み:じゃないのかしら。例えばここで原稿を書くのと、5分先の何処かのカフェで書くのでは全く違う。それの大きいバージョン。それであんな風な場所を与えられて一作書いてこいって言われるのは辛いっちゃ辛いけれど、やってみたいわ。

り:よく作家って缶詰とかあるじゃないですか。地方の旅館とかホテルとかに閉じこもってっていう。

み:今は少なくなったみたいだけれど、昔はよくあったみたい。都内のホテルに1週間締め切りまで缶詰でとか。そうしなきゃっていう出版社側の状況も分かるし、そうでもしないとっていう書く側の気持ちも分かる。例えば私が売れてる作家で、次の作品は小説を書いて下さいって言われていて、とりあえず1か月はホテルでなんて言われたら、日常の事を一切やらなくて良いんだから、それこそサラの世界。妄想に没頭出来るのよ! 幸せだろうなあ。掃除も洗濯もしなくて良いし、宅急便の応対もしなくて良い。

煩わされないで一人で色々やるのが大好きっていうのを最初に強調されて描かれていたと思う。私みたいに淋しがっちゃうとダメだと思うけれど。サラはそういうタイプでは無い。自分の頭の中でジュリーが生まれて、ジュリーと自分がかけ合う。自分の知らないジュリーが自由に動き出す。だから書きながら微笑みが浮かんでしまうの。っていう感覚は何回か味わった事があるけれど、本当に幸せ。

り:ずっとサラの視点じゃないっていうのは面白いですよね。たまにジュリー目線で物語が動き出す。

み:小説もそういう書き方がされているのよね。第三者の目線では無く、二人の目線で。「8人の女たち」もそうだけど、映画の面白さがぎゅっとつまってる。映像も綺麗だし。それこそ旅をした気分になる。私単純だから、ちょっとプールに入っても良いかしらっていう気分になる(笑)

り:(笑) 気持ち良さが凄く感じられる。だから本当にこの映像は、肌で映画の中の空気感を感じられる。久々に観てDVDって画像が粗いって思ってしまったけど、これをブルーレイで観たらどんなに美しいか。


み:一緒に泳いでる感じになるわね。でもちゃんとオゾンのお決まりのブリーフ(笑)

り:舐めるようなカメラワーク(笑) 上に行って下に戻る。

み:それでブリーフの上から自分のを…。あっ、やっぱり出すのね、やっぱり出すのねって(笑)

り:もちろん。

み:裏切っちゃいけないって所よね。そこもセクシーな場面だった。夏になると観たくなるっていうの分かるわ。

り:日本でも空気が変わったなっていう時あるじゃないですか。季節の変わり目に。そういう時に観たくなる。結構顔のアップが多かったですよね。

み:多かった。ランプリングは多分注射したりリフトアップしたりしてないから、首の弛みとかが凄い。あとは手。手って年齢が凄く出るって言うけれど。

り:パソコンを打っている手を上から撮るなんて普通しないじゃないですか。それですら美しく感じる。

み:シミもあるお年寄りの手だから、この人本当に何もしてないんだなって分かって、その上でこれか!って思って。胸とかもシリコン入れたりしていないと思うけど、綺麗な垂れ方をしているし。でもそれこそ、りきちゃんの好きな年齢を重ねている人の美しさがあるわね。

り:そうそうそう。だからやっぱりオゾンはそういう女性を撮るのに秀でてる。

み:どっちが良いとかではなくて、それをサニエと同じアングルで舐めるのよね。

り:プールサイドのね。

み:私サイドからするとそれ酷じゃない?って思うけど、それをやる。でもランプリングの胸って私達のテーマである。

り:大きさ?

み:うん。乳輪は大きくなかったけど、やっぱりサニエは大きいわよね。


り:サニエは大きい。サニエはフランス人ですもんね。ランプリングは確かイギリス人ですし。

み:じゃあイギリス人は普通で、フランス人がビッグなの?

り:(笑) ビッグな人を割と見ている感じ。

み:まあこの間の「ドリーマーズ」のエヴァ・グリーンよりはサニエの方が小さいわよね。びっくり度はね。

り:びっくり度!!(笑)

み:あれ本当にびっくりしたもの。

り:サニエの変身ぶりが驚きですよね。「8人の女たち」とは全然違う。

み:あの時は子ども役っぽかったものね。

り:その前にサニエが出ていたのは「焼け石に水」なので、元々グラマーな感じではあったんですが。

み:「愛のあしあと」はもっと後よね。良い女優だわ。脱ぐのが好きなのかしら。自分から脱いでる感じがあって。「脱がして!!」みたいな脱ぎっぷり。いつも脱いでる。基本裸。

り:サニエってフランス映画祭に何回かゲストで来ているんですけど、凄く気さく。で、良く喋る。

み:ドヌーヴとは違うのね。

り:うん、違う。良く喋り、活発で、自分の意見も言う。

み:質問されている以上の事も返すタイプね。

り:そうそう。で、ユーモアもある。可愛いし。

み:サニエって今いくつ?

り:1979年生まれ。

み:38歳か。この頃は20代の最初の頃よね。そりゃぴちぴちだわ。制作が2002年って出てきてビックリしたわ。

り:ランプリングはオゾンの「まぼろし」の出演で、また注目されるようになったんですよね。

み:それまでは脇役とか?

り:「愛の嵐」以降は何出てる?って言われてもあまり思いつかない。

み:「まぼろし」は良かったわね。あなたが軽すぎてって笑っちゃうセックスシーンが大好き。でもあれも妄想なのよね? 闇も入ってるけど。

り:旦那がいるっていう妄想。旦那がいなくなった事を受け入れられない。そういうのは観るの大丈夫ですか? 例えばこの間の「愛を綴る女」みたいな妄想はダメって言っていましたけど。

み:あれは基本的にマリオン・コティヤールとルイ・ガレルの間に愛が無い。

り:確かな感じではないですもんね。でも「まぼろし」は。

み:確固として夫婦で。

り:その間には愛があって、長年連れ添っていて。

み:なのに自殺されてしまう。そういう喪失の気持ちは分かるから好きだけれど、それとは違うものね。

り:で、「さざなみ」がダメなんですよね。

み:氷に埋もれていた旦那の元彼女が発見されて、それをきっかけに夫婦生活にさざなみが立つみたいなあれね。

り:使い方が悪かったですよね。

み:りきちゃんも凄い怒ってたわね。ランプリングの撮り方をこの監督は知らないって。魅力的に映らなかったのよね。

り:よぼよぼのおばあさんかもしれないけれど、本当によぼよぼのおばあさんに映っていて。

み:「スイミング・プール」などで観たあのまなざしとか、ゾクッとするようなシーンがあまり無かったのよね。ランプリングじゃなくても良かったんじゃない?っていう映画だった。
「スイミング・プール」は皆様にオススメです。夏なので是非観て下さいという所でおしまいにしましょう。



~今回の映画~
「スイミング・プール」 2003年 フランス・イギリス
監督:フランソワ・オゾン
出演:シャーロット・ランプリング/リュディヴィーヌ・サニエ/チャールズ・ダンス/ジャン=マリー・ラムール

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間