路子先生との時間

【2月のミューズサロン】詩人、茨木のり子との出会い

「山口路子のミューズサロン」、2月のテーマは山本直子さんのナビゲートによる「茨木のり子」。

2月のテーマ?ずいぶんまえの話ね……とお思いでしょうか。
そうです。そうなのです。

ブログを書くのがこんなに遅くなってしまったのは、あまりにうけるものが大きかったから。 サロンのなかでの話はもちろん、そのあと買い求めて読んだ茨木のり子の詩集やエッセイにも感じるところが多くて、 うけたものが大きいと、そのことを安易に扱えなくなってしまって、簡単なレポートすらも書けなくなってしまったのです。

山本直子さんはミューズサロンの常連メンバーなのですが、本や映画はもちろん多方面に造詣が深く、いつも「直子さんて、なにものなんだろう」と思ってしまうほど多才な女性(たぶん、皆そうおもってるはず)。

茨木のり子も20数年来ファンということで、直子さんと路子先生の対談のような形でサロンは進行していきました。



代表作「自分の感受性くらい」「倚(よ)りかからず」は、響くけれど、弱っている時には少々きつく、やさしい詩にふれたくなる。

***
あほらしい唄

この川べりであなたと
ビールを飲んだ だからここは好きな店

七月のきれいな晩だった
あなたの座った椅子はあれ でも三人だった

小さな提灯がいくつもともり けむっていて
あなたは楽しい冗談をばらまいた

二人の時にはお説教ばかり
荒々しいことはなんにもしないで

でもわかるの わたしには
あなたの深いまなざしが

早くわたしの心に橋を架けて
別の誰かに架けられないうちに

わたし ためらわずに渡る
あなたのところへ

そうしたらもう後に戻れない
跳ね橋のようにして

ゴッホの絵にあった
アルル地方の素朴で明るい跳ね橋!

娘は誘惑されなくちゃいけないの
それもあなたのようなひとから
***

いいなあと思った、ふたりの夫婦関係。
医師であった夫とは本当に仲がよかったよう。
のり子をあらわすキーワードに「ういういしい人」という言葉がよくあるようだけど、まさにそれが現れている詩で、思わず頬が緩む。ある意味しあわせ自慢なのに、いやみなところがひとつもないというのはすごい。

でも、夫との死後、なくなるまでの孤独の30年で創作が花開いたというから、切なくなる。
この詩を読んだあとで、のり子の死後に出版された詩集『歳月』を読むと、胸にせまるものがある。『歳月』は今までの作風とちがうので好き嫌いは分かれるようだけど、私はとても好き。詩集としては、一番好きかもしれない。

(路子先生の記事にも引用されているけれど、もう一度引用)

***

獣めく

獣めく夜もあった
にんげんもまた獣なのねと
しみじみわかる夜もあった

シーツあたらしくピンと張ったって
寝室は 落葉かきよせ籠り居る
狸の巣穴とことならず

なじみの穴ぐら
寝乱れの抜け毛
二匹の獣の匂いぞ立ちぬ

なぜかなぜか或る日忽然と相棒が消え
わたしはキョトンと人間になった
人間だけになってしまった

***

はじめてこの詩をよんだとき、最終連で泣けてしかたなかった。
茨木のり子は、最終連が天才的、と思う。




(詩の引用が続くので、参加者のヒロコさんの美しいおみ足で一息どうぞ)

この春は、桜をみるたびこの詩を思い出していた。これも最後の二行。

***
さくら

ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞(かすみ)立つせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と
***

それから「知命」「汲む」「ひとりはにぎやか」好きな詩もたくさんあった。

とくに「汲む」は路子先生が朗読してくださったとき、号泣。ある意味一番共感できた詩だったからかも。 
もういい大人なのに、いつまでたってもうまく振舞えない自分、もっとうまくできるようにならなきゃ、と頑張っていた自分を、「そのままの良さがあるよ」と認めてもらったような気がした。

(茨木のり子は大正生まれなので、お着物もちょっとレトロを意識。おやつのチョコレートが着物と同じ配色で地味にうれしい……)

後日買い求めたエッセイ『詩のこころを読む』は、「いい詩には、人の心を解き放ってくれる力があります」という言葉からはじまる。
ほんとうに、そうだなぁとしみじみ。茨木のり子の詩と出会えたことで、この先いろいろな場面で、助けてくれる言葉がふえた気がしている。
言葉との決定的な出会い。それをあらためて教えてもらった2月の路子サロンでした。

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