MODEな軽井沢 特別な物語

◆80sスタイルとアライアと◆2009.10.26

2020/04/22

いま、ファッション界は80年代がブームのようです。

「モードは死ななければならない。それもできるだけ早く。そうでなければビジネスにならない」

というココ・シャネルの言葉を思い出します。

黒を流行らせたいときは、「黒以外を着るなんて考えられない」気にさせ、グレーを流行らせたいときは、「今すぐグレーを買いに走らなくては」という気にさせるのが、ファッション雑誌の使命です。

それで、いまは80年代がブームなわけですから、雑誌に「アズディン・アライア」が登場するわけです。

アライアといえば、熱狂的なファンをもつカリスマデザイナー。
1980年代、ボディコンシャスの王様としてファッション界に君臨しました。

90年代から休んでいたコレクションを09年秋冬のパリコレで復活させました。
アライアのショーにはテーマがありません。
それについて彼は次のように言います。

大切なのはテーマではなく女性のボディ

私の解釈によれば、「ボディラインが命のアライアを着て許されるのは、ほんの一握りの女性たち」となります。

そうではないひとがアライアを着たりしたら、さあ大変。誹謗中傷の嵐になりますので注意が必要です。

それにしても、ファッション雑誌にはカタカナが多いですね。
外国語が苦手な私にとっては、難しい。
アライアについて述べられた文章の一部をご紹介しましょう。

「今季トップメゾンたちがこぞって80年代ルックを提唱したが、グリッター使いやビッグショルダーなど、装飾もシルエットもトゥーマッチな80sスタイルがあふれる中で、女性らしさの象徴であるカーヴィなラインを強調するアライアのドレスには、同じ80sファッションでも一線を画すマチュアなセクシーさがある。80sというトレンドの香りをさせながら女性を謳歌できるアライアのドレスこそ、いま着るべき官能のドレスなのだ」

……。

ときおり、この文章よりもずっと激しくカタカナを多用して、お話をなさる方にお会いしますが、そして話の腰を折っては悪いからと、いちいち私は質問をしないのですが、半分以上はお話が理解できていないのでした。

さて。
80年代といえば、私自身はちょうど大学生だったあたりです。時代はとってもバブリーで、街全体も、元気だったのかもしれないけれど、けばけばしかった。そしてボディコンシャスがたしかに、流行っていました。髪は断然、ワンレングスのロング。

あの頃は、アライアと私は経済的に不相応でした。
そして今もそれは変わらず、さらに、ボディラインの不可能が加わり、ますますアライアは遠いひとになってゆくのです……。

(参)「ハーパース・バザー 日本版 11月号」

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