軽井沢ハウス

■5話■ 職人技輝く「梁」物語

2017/05/17

ダイニングへどうぞ。さあ、最初にやはり天上を見上げていただきましょう。梁のしぶいことといったら! 
いい味出していますでしょう?


■主要メンバー顔合わせ会、が必要な理由■

あの日あのとき、お酒を飲まなかったなら、この梁は、かっきーん、と四角い味気ないものになっていた……。そう考えると恐ろしいような、ラッキーなような、人生そのものを想ってしまうような……。
というわけで突然ですが、「梁物語」のはじまりはじまり。
設計がほぼ完成し、いよいよ建てるぞ、というあたりで、私たち夫婦は丸山さんにお願いしました。
「我が家をつくってくださる大工さんにお会いしてゆっくりお話をしたいのです」
面接をしようなんて生意気なことを考えたのではありません。設計とは別のところで、実際に家創りに携わる方々に、私のイメージを直接伝えておきたいと思ったのです。
これから数ヶ月、ちょくちょく顔を合わせ、濃密な時間を持つことになる方々のことをよく知りたい、そして私のことも知って欲しい。……まるで恋のようです。
さて、そんなこんなで、春のある夜。軽井沢駅近くの、お好み焼きが美味しいお店で、 軽井沢ハウス主要メンバーが、初めて顔を合わせました。

大工の山田さん、清水さん、そして現場監督の酒井さん、建築士の丸山さん、夫、娘(当時四歳。これはグリコのおまけちゃん)、計七名。
私と夫が、事前に大工さんたちと親交を結びたかった理由の一つに、「大工さんの腕を活かした家にしたい」というのがありました。
これは主に夫の希望でしたが、彼らプロの技を活かした家創りをしたかった。
私たちとしては、このような会をもつことは「当然」なので「ごく普通のこと」、と思っていたのですが、いわゆる「施主」と「建築士」と「大工」と「現場監督」が家をつくる前に「いい家建てようぜ、えい、えい、おーっ」をするというのは、たいへん珍しいことのようです。
不思議です。
「いかに自分のイメージを相手に伝えるか」。これ、家創りにおいて、かなり高位に位置する、重要なポイントではないでしょうか。

私は物事の裏側を見るのが大好きな、人からは好まれない性質なので、いわゆる「家創り失敗談」を、雑誌、ネットを通してたくさん読みました。
こんなはずじゃなかった。マルと言ったのにサンカクになってる……、などなど、たくさんの失敗例がありましたが、その根本にずっしり横たわるものはとても単純なものでした。
さて、ここでクイズです。
いったいそれは何でしょう?
答え。
それは「コミュニケーション不足」です。これにつきるように思います。
そして「この飲み会、本当に、本当に、やってよかった!」と涙ぐみながら天を仰ぎたくなるようなことが、あったのです。

■分厚いイメージファイルと「ちょうな」■

ビールを飲み、お好み焼きをつついているみなさんの前に、私は分厚いファイルを差し出しました。そこには、ありとあらゆる雑誌から汗水たらして切り抜いた、さまざまな写真がありました。

私は丸山さんに何度も繰り返したことを再び、みなさんに伝えました。
「古くて、暗くて、狭い家、と思っていただいたら間違いありません。新築ぴかぴかは大嫌い。ずーっと前から住んでいたような味のある家にしたいのです」
そして「たとえば」と、一枚の写真を指差しました。そこには、年季を感じさせる梁が印象的な民家がありました。
「梁もこんなかんじにしたいんです」。
丸山さんがビールを噴き出しました(誇張あり)。「そんなこと、初耳です!」
私はのんびりと言いました。
「だって、これは最後でいいんでしょう?」
丸山さんが奇妙な声をあげました。というのは嘘ですが、なぜか「呆れて物も言えません」的な表情をなさっています。そんな丸山さんに私はさらに言いました。
「最後にちょいちょいって削って、色塗ればいいんでしょう?」
ああ。素人ほどおそろしいものはありません。……自分のことですが。
ここで、山田さんがぼそりとおっしゃいました。
「こりゃ、最初に削んなきゃあ、だめですよ」
「じゃあ、そうしてください」
私は簡単にお願いしました。
ここで、酒井さん、丸山さんが二人でひそひそ。山田さん、清水さんが、ひそひそ。ときどき聞こえてくる会話は、「無理だよ無理」「一日でやらないと」「明日しかねーよ」「だって明日は日曜、休みの日だぜ」「いったい誰がやるんだ」「それより、何で削ればこんなかんじになるんでい」
……。
みなさまの会話をまとめると次のようなことになりましょう。
私が求めている梁にするためには、まず最初に、梁に使う木に細工をしなければならない。つまり、それふうに削らなければならない。使う道具は「ちょうな」。
現在はほとんど使われることのない過去の遺物。そして、ちょうなを使って梁を削る作業は時間と手間がかかる。すでに工事の日程は決まっており、その作業をするなら明日しかない。明日は日曜で大工さんはお休み。
「それじゃあ、だめってこと? 無理なのですか?」
私は「がーん」と顎が落ちそうなほどにショックを受けました。そこに丸山さんがとどめの一言。
「第一、ちょうななんて、今どき誰も持っていないですよねー」
そして清水さんが「俺も使ったことないです」と、とどめのとどめの一言を。
場がしーんと静まり返りました。
そのときです。
「俺、持ってる」
山田さんが、ぼそりとおっしゃいました。
そして続けて、「明日一日かければなんとかなるだろう。やってみるか」
ですって!
丸山さん、酒井さん、清水さんは目を丸くして山田さんを見つめます。その目にはキラキラとお星さまが輝いて……いるわけなく、
「なんてことを言うんだー」
と瞳でうったえていた、と思ったのは私の気のせいでしょうか。
なにはともあれ、翌日朝から梁を削ることが決定しました。もちろん私たちも参加します。お手伝いするため? いえいえ、この記念的行事を写真に撮るためにです。
 
翌朝。
十時に私たちが現場に行くと、既に作業は始まっていました。

「ちょうな」を手に、もくもくと作業をする山田さんと清水さん。そして、離れたところで作業を見守る酒井さん。
 私の目にはみるみるうちに感動の涙が……、たまりませんでしたが、感激しました。
 天気のよい四月。お二人の額には玉のような汗が。さささっとかけより、汗をぬぐってさしあげたいっ。という欲望がつきあげてきましたが、セクハラになるといけないので自重しました。

■今でも楽しめる梁■
 
あるところに、大工の山田さんがすすめるままにちょうなを受け取った素人がおりました。私、夫、酒井さん、丸山さんの計四名です。もちろん、ぜんぜん上手くできません。それでもおもしろくてしばらくやめなかった結果、四名が手を入れたところだけとてもキュートになりました。


今でも梁を見上げ、「ここはあなたがやったのよ」「こっちはきみだ」と、責め合う私たち。しかし夫婦喧嘩は好ましくないので、最後には、「きっとここは酒井さんね」「うん、そうそう。それでこっちは丸山さん」と、話を落ち着かせています。
でも、楽しかったなあ、あの一日。みんなでつくっている、ということを実感できた貴重な体験でした。もちろん翌日は筋肉痛になりましたが、あれが家創りのスタートだった、と思うと感慨深いです。
みんなで削った梁は、軽井沢ハウス完成直前に、酒井さんによってバーナーで焼き色をつけられ、さらに塗装の大西さんによって焦げ茶色に塗られて、現在の姿になったのでした。

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