ブログ「言葉美術館」

「BLEU DE CHANEL」

2016/10/05

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CHANELは、私にとって特別のブランドだ。当然、もう、あのガブリエル・シャネルはいないし、あのガブリエル・シャネルが知ったら怒るだろうなーと思うようなものがたくさん出ているけれど、それでもやはり、なにか、気配みたいなものは残っている。

シャネルと何年もつきあっている(本を書いている)からそう思うだけなのかもしれないけれど、ほかのブランドにはない、なにか、やはり、そう、ガブリエル・シャネルのもつ、あの、ぴんと張りつめた空気、一流であることを覚悟した「気」を、私は感じる。

先日、所要があって、銀座のデパートの化粧品売り場に立ち寄った。

いつものようにCHANELの前で足を緩める。ちょうど香水売り場の前だった。エゴイストの香り。懐かしくて、足を止めた。隣にはアリュール。こちらも懐かしくて、しばし妄想タイム。

もわもわと妄想の洪水のなかで朦朧としていると、売り場の女性から声をかけられた。なにかお探しですか。ええ。思い出のなかの妖艶な記憶を。なんて答えられるわけがないから、ちょっと前から気になっていた香水を指さして、これを、と言った。

「BLEU DE CHANEL」。名前は「ブルー」なくせに、見た目は「漆黒」なところが気になっていた。

深く、どこまでも深いブルーはやがて、漆黒の闇に続く。20代の半ばから30代の前半くらいは、壁も天井も床もすべて深いブルーの、そう、海の底のようなベッドルームで眠るのが夢だったのに、いまは、そんなところにほうりこまれたら、3分でバタっと倒れる自信がある。そこから続く闇が怖すぎて。そう、さいきん、私は眠るのが怖くてしかたがない。眠らないで生きていければいいのにと願っている。……また夜が来ちゃう……涙。

話を戻して。

店員さんは、正方形の、いかにも高価っぽい紙片にシュッシュッ、と「ブルー・ドゥ・シャネル」をスプレーして、にっこりと手渡してくれた。

彼女のぴちぴちの頬に見惚れてから、私はそれをくんくんした。……これはずいぶん、軽やかな香りですね。そう言った私に、ぴちぴちの店員さんは、「ブルー・ドゥ・シャネル」は男性用の香水では、「アリュール」以来11年ぶりの新作であること。シャネルの有名調香師ジャック・ポルジュの作品であること、テーマは「自由」なのだということを説明してくれた。

帰宅して、ネットで「ブルー・ドゥ・シャネル」を調べた。いま観られるPRの動画も観た。ジェームズ・グレイ監督のフィルム、最後のセリフは「自分らしく生きたい男たちへ」とあった。

説明文を読むと、そこには店員さんが教えてくれたように、テーマは「自由」ってある。「既成概念にとらわれない、男性の自由を表現」してるのだと。

考えこんだ。「自分らしく」と「自由」って同じなのだろうか。

そもそも自分らしく、ってなんだろう。難しい。以前は普通に使っていた言葉なのに。

たとえば「女らしく」なら、「女」という言葉にくっついてくる一般的な概念(賛成反対はいまはおいておく)があり、それに沿って、という意味だけど、自分らしく、となると。「自分」がどんななのか、わからければ「自分らしく」しようがない。

どうしよう! 「自分らしくしなさい」と言われたら、私、とたんに戸惑っちゃう。

しばし考えこみ、そうか、こういうことかな、とメモなどをする。

「自分らしく」=「自分がいちばん好きな自分でいられる状況にある」。

うん、これならわかる。よし、だいじょうぶ、これで「自分らしくしなさい」と言われたら「はーい」と答えられる。

我ながらややこしい。いちいちこういうことを決めてからではないと次に進めない。

さて、次。

「自由にしなさい」と言われたら?

これも難しい。いろんな人たちとの関わりがあって、とっても近い人たち、ちょっと距離のある人たち、私は、それぞれの人たちの想いから、まるっきり解き放たれることは、ない。というか、無理、できない。だからせめて、「えーん、不自由だー」と嘆きながら、こそこそと「これって束縛のなかの自由を味わっているのでは?」とほくそ笑むくらいしかない。

「自由」って、状態ではなくて、感じるものなのだと思う。「幸福」と似ているかも。

ふと思い立って、言葉検索ができることで、ほんとうに助かっているこの「山口路子ワールド」、キーワードに「自由」と入れてみる。すると37件ヒット。

1件目は「そこにある自由」というタイトル、ルイ・ジュヴェの言葉をあつかっている。2011年2月16日の記事。

次に「自分らしく」と入れてみる。すると1件だけがヒット。

2010年9月3日の記事。タイトルは「狂乱の時代のモンパルナスへゆきたい」

どちらの記事も、わりと私自身の中心にあるテーマだったので、なにか、すこし心が高まった。

さてさて。

シャネルの香水に戻って。
広告から判断すると、「BLEU DE CHANEL」は「自分らしく生きたい男」「既成概念にとらわれない自由な男」をターゲットとしている。

だから、フィルムの主役は若い俳優(ギャスパー・ウリエル)なのか、と納得。

「自分らしく」も「自由」も若い人たちの近くにある言葉だからだ。

しかーし、私としては、この香水を、若くはない殿方につけてほしいと思う。

だって、若いころの「自由」とか「自分らしく」は当たり前すぎるから。

みんな若いころは、これを人生の中心にしかと置き、それがずっとそばにあるものと信じて疑いもしないけれど、年齢を重ねるごとに、遠くにいってしまうもの、失われてしまうものだから。そう、ほんとうに、意識し続けていないと、失われてしまうものだから。そして、活き活きと生きるためには、とっても必要なものだから。

だからこそ、「BLEU DE CHANEL」は若くはない、けど、魅力的な殿方に。

こんなふうにPRすれば、売り上げが伸びるのでは? ぜったい伸びると思う。

ここまで考えさせるCHANELはやはり特別。

ついでにもう一つ。№5の娘みたいなのも作られていて、「№5 L'EAU」、「水」って意味のこの香水、ガブリエル・シャネルの好みじゃないだろうなあ。№5はあのクセ、あの存在感、あの手強さがあってこその№5。

ああ。進まない原稿が悲しい。もう少し頑張ろう。「COCO」を少し強めにまとって、「私をココなんて呼ぶなんて100年早いのよ!」と怒るガブリエル・シャネルのエナジーを感じながら「№5」を愛したマリリンと向き合おう。……ややこしい。

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