◎Tango アルゼンチンタンゴ ブログ「言葉美術館」 私のタンゴライフ
■バンコク(のホテル)滞在記*2
2023/09/10
■私を知る人は誰もいない、って最高
★23日(木)2日目
私のつねひごろ、朝は珈琲で目覚め、そのあと、すこし空腹を感じたらスムージー。数時間後、トーストと無調整豆乳。あとはその日のプラン次第、という食生活をしているので、ふだん、ホテルに宿泊するときにも朝食なしのプランを選択している。
けれど、今回の旅は出かける予定がないわけだから、ゆいいつ、何もしないで食事ができる朝食はたいせつ、と思って朝食つきのプランにしていた。
ここでしっかり食べておけば、夜まで大丈夫なはず。ちゃんと食べよう。気合いをいれて2階のレストランへ降りてゆく。ノーメイクで、髪もまとめて、ワンピースに、(絶対寒いから)カーディガンを羽織った。
自意識過剰な自分に疲れている身としては、これが心地よい。きらくだー。私を知っている人が誰もいないって、最高。
9時頃だったかな。広いレストランは7割くらいが埋まっていて、ぱっと見たところ、ひとりの人は少なかった。でも団体客はいない。事前にチェックしたホテルの口コミで「団体客がいない」というところもポイント高かったのよね、と、そのレストランの雰囲気に安堵する。
レストランスタッフは「グッモーニング、マダーム」と迎えてくれるけれど、両手を合わせて「サワディカー」と挨拶。するとあちらも嬉しそうに、同じように返してくれる。異国を訪れるときの私のちいさな決め事。「こんにちは、さようなら、ありがとう」だけは現地の言葉を使う。
「サワディカー」はハロー&グッバイを兼ねる。使ったタイ語はあと一個だけ。「コップ(ク)ンカー」ありがとう。
ブッフェ式で、洋食とタイ料理が並んでいる。
いっぱい食べるぞー、と思ったけれど、昨夜サラダを食べていたし、やはりそんなに食べられない。
サラダとフルーツとパン、それから卵料理のコーナーで、お好みの調理をしてくれるので「スクランブルエッグ、卵は一つで、なんにも入れないプレーンなのがいいなあ」とオーダー。これをスタッフの人が覚えていてくれて、以後、行くたびに、何も言わなくても、私の好みを確認して調理してくれるようになった。こういうちょっとしたところが、ひとりきりでいると、やたらと嬉しい。
今日は外に出るつもりはなかった。
書いて、疲れたら3階のマッサージ&スパでタイ古式マッサージ。それだけの予定。
ああ、なんという自由さだろう。
今日はまず、すっかりストップモーションになってしまっている物語の人物たちが何をしていたのか、それを思い出すことろから始めよう。
そして、夜はこのレストランで食事をしよう。ミネラルウォーター500mlが2本毎日お部屋に用意されるからお茶も飲めるし、明日あたり、近くのスーパーマーケットに行ってタイビールとかお水とかジュースとかを買えばいいわ。
朝食を終えて、部屋にこもる。
「Don't Disturb」のスイッチをオンにして、iPadでタンゴをかけ、書きかけの物語をざっと読み返す。……ああ、そうだった、ここでストップしていた、と思い出し、再び物語世界に入りこむまでにたっぷり4時間。
■タイ古式マッサージの至福
夕刻、3階のマッサージ&スパ「CORAN」を訪れる。最近オープンしたばかりで、それなりの教育を受けたひとたちが揃っているらしい。五つ星のホテル内に入れる店舗だからという安心感もあった。
(いま、検索してみたら、バンコクで人気の一軒家スパ、コラン・ブティックスパの支店だった。世界的に権威あるワールドラグジュアリー・スパっていうのの受賞常連店のひとつ、だって)
マッサージ好きの私は、もちろん日本でタイ古式マッサージは経験が何度もあるけれど、あれって、けっこう身体ばきばきされるから、下手な人にあたると危険。
フットリフレ40分+タイ古式マッサージ60分、計100分のコースを選ぶ。880バーツ。ざっくり1バーツ=3.5円で計算。3080円。安いわあ、と感動。
街中にはもっとずっと安いところもあるみたい。それこそ60分で1000円くらいの。でも私にとっては、ホテルの部屋からすっぴんのまま行ってお部屋にそのまま帰ってこられるホテル内というところに最高の価値があるの。
そしてお部屋の綺麗さ、スタッフの教育度、技術の確かさ。
レスリングみたいな(って私はレスリングの経験ないけど)、そんなタイ古式マッサージをがっつり受けて、それは失神するくらい至福のときだった。
「えーん、きもちよかったー、またきますー。コップンカー♪」
そのままエレベーターで7階に上がり、再びパソコンに向かう。
身体中の血液がぴょんぴょん元気になってとびまわっているかんじ、頭もすっきり。数時間集中する。
ぐう。
おなかがすいてきたみたい。もう9時近い。レストランに行こう、と支度をする。相変わらずファンデーションはつけずに、髪もゆるくまとめて、でも、目のあたりだけはちょっとつけたした。ビューラーでまつ毛をくるんとね。薄いリップクリームもつけた。いつ、どんな出逢いがあるかわからないし、激しい後悔をしないようにね。
日本からもってきた服は3着。花柄のマキシ丈のワンピース1枚と黒のマキシ丈のワンピース1枚。あと、「もし、そんな機会があったとき」用の、タンゴも踊れる膝丈の黒いワンピース、白のドット柄ね。ぜんぶ、洗ってすぐに乾く、シワにならないもの。
■「おひとりですか?」
花柄のワンピースに赤いカーディガン。アイフォンとノートをもって部屋を出る。あ、その前に。「Room Clean」のボタンを押して、念のため、1階のフロントにゆく。
「いまから上のレストランで食事するので、1時間以内くらいにお部屋の掃除してくださると嬉しいのですけど」ということと、「たぶんこれからも夜までお部屋から出ないで、その後お掃除お願いすることになりますけど、よろしくお願いします」という内容のことを伝える。両手合わせてお辞儀「コップンカー」は忘れないわよ。
そして2階のレストランへ。
ほとんど人がいない。というか、たぶん、私だけ。
「おひとりですか?」
とまず問われる。
「ええ、ひとりです」
……。
「One person? おひとりですか?」
この言葉を、今回の旅行で何度聞いたことか。
最初は明るく「ええ、ひとりでーす」と答えていたのが、最後のほうになると、「ひとりよ、わるい?」的な響きになってしまったのはなぜ。これ、「ひとりを満喫っ」から「ひとりに耐えているっ」の変化と比例していたように思う。
さてさて。
メニューを見る。まず昨夜冷蔵庫から取り出して飲んだのと同じタイビール、シンハーをオーダー。これ、日本でタイ料理のお店にゆくといつも飲むビール。そう、私、タイ料理は好き。でも、辛いのが苦手。これ、好きなんだか嫌いなんだかわからないけど、でも好きなの。
唐辛子マークがついていないものを選ぶ。わーい、大好きなパッタイがある。パッタイをオーダー。
野菜たっぷり、超極太の麺が新鮮。こんなパッタイはじめて。かなり味が濃い、シンハーをごくごく。
シンハーをぐびっと飲みほしたのを見られてしまった。サーブしてくれた男性がやってきて、もう一本? と尋ねる。迷ったけど、酔うと人恋しさ募る性質なので、やめておく。理由まではもちろん言わない。
彼がなぜか、近くをうろうろしている。つい「デザートメニューくださいな」なんて言ってしまう。
お部屋のお掃除にそんなに時間がかかるとは思わないけれど、順番というのもあるだろうし、一応約束した1時間はここで過ごしてからお部屋に帰らなくちゃ、と思ったこともある。
「おなかがパッタイとシンハーで、はちきれそう。それにパッタイも全部食べられない。でもデザートならいけるかな、と思うの。パッタイを残してデザートなんて、ごめんなさい」
謝りながら、デザートメニューを見る。
マンゴーにしようと思ったら、もうない、って。あとは冷たいアイスクリームみたいなもの。相変わらずレストランも寒いので、アイスなんて食べたら凍っちゃう。チーズケーキをオーダー。彼が「ナイスチョイス」と言ったので期待したけれど、あんまり美味しくないチーズケーキだった。しくしく。
■「あなたの部屋にタンゴが…」
彼は私がチーズケーキを食べるのを少し離れた場所で見ている。
……なぜ、なぜ、あなたは私を見つめているの?……なぜ?
……妄想の翼が羽ばたきそう。不審者になる危険を避けるために「おいしいです」って、彼に笑いかけた。
すると、遠慮しがちモード全開で近づいてきて、彼は言った。
「僕は昨夜あなたの部屋にルームサービスのサラダを届けたものです。あなたの部屋にタンゴが流れていましたね。それで、お知らせしたいことがあるのですけど。明日の夜、このホテルの11階でタンゴがあります」
「ああ、私、昨夜それを知って、びっくりしました」
「毎週金曜日は、たいてい、あります」
「行ってみようかと思っています」
「タンゴ、踊るのですか?」
「はい、ちょっと。あなたは?」
「僕は踊りません。聴くのが好きです。ただ、あなたの部屋にタンゴが流れていたことが忘れられなくて、今夜、あなたがここに来たから、明日の夜のことを話さなくては、とずっと思っていたんです」
まあ……。
映画のワンシーンのようだわ。
それからふたりどうなるの? 彼、よく見るとかわいいわ。
やっぱりちゃんと綺麗にしてくればよかった。こういうことがあるから、いつ誰に会ってもいいように、って常日頃気をつけているのに、異国だからということで私ったらしくじったわ……。
そんなことはどうでもよくて。
ルームサービスのひとがタンゴを聴くひとで、その彼がたまたまレストランで私のサーブをしてくれて、それでミロンガ情報をくれる。
なにかがあるのね、きっと。
明日のミロンガ、行くべきね。
思えば、日本でも、ひとりきりでミロンガに行ったことはなかったような。
明日、はじめてひとりきりでミロンガに行く。
異国の、どんなのかもまったくわからないところへ。どきどき。
■ホテルのプールサイドのミロンガへ
★24日(金)3日目
昨日はデスクに向かって書いていたけど、エアコンとめると、すごい湿度になるし、エアコンつけると冷え冷えになる。そこで私はベッドで書くことにした。
ドリームホテルには薄手の綿のローブがあるので、それをパジャマと部屋着にした。バンコク11日間、このローブで過ごした時間が一番長かった。
今夜はミロンガに行くから、マッサージはなし。夕方までこもって、それから支度をして20時くらいにホテルの11階に行こう。
物語世界の人たちが動き出して、いくつかのアイディアも浮かぶ。なんか、書けそうな予感。こういう感覚ってあまりないから貴重だということを知っているし、このモードが続きますように、と祈るようにしてMacBookのキーを叩く。
何度か集中力が切れて、何度かダメだーって、ぐったりして、そしてまた立ち直って、書いて、夜になった。
(って、こう書くとあっさりだけど、これがきついのよね)
シャワーを浴びて、支度を始める。ミロンガは7時から11時。
あーあ、こんなことならアクセサリーくらいはもってくるんだったな。何ひとつ、その類のものはもってこなかった。
今回の旅、私は、ほんとうに手抜き女だった。ヘアアイロンの類もいっさいもってこなかった。
「え? ヘアアイロンもっていかないの? だいたんだねー。いつもはドライヤーまでもっていくのに」と娘に言われたくらい。
シャワーをあびてメイクをし、ホテルのドライヤーで髪を乾かし、ちょっと無造作ヘアって感じでまとめて、1着だけもってきた膝丈のワンピースを着て、素足にタンゴシューズを履く。ネットストッキングもなし。
エントランス代の350バーツ(1200円くらい)、あと少し現金とリップ、ハンカチだけを小さなバッグに入れて、ショールをもって部屋を出る。
フロントで別館への行き方を尋ねる。ドリームホテルの別館の11階が会場らしいので。
小さな通りを挟んで隣だった。
ホテルを出た瞬間、むわっとした熱気が身体にはりつく。熱帯地方にいるんだった、ってことを思い出す。
2車線のすっごい狭い通りに車がびっしり。案内してくれた少年のようなホテルのボーイさんが、渋滞がひどい、と言う。動かない車の間をカニ歩きみたいにして、通りを渡る。
エレベーターで11階へ。プールサイドを抜けて奥のスペースです、と教えてもらっていた。エレベータをあけた瞬間、たしかにタンゴが聞こえてくる。
どきどき。
■ひとりきりのミロンガと「ネフェリ」
プールサイドを歩いて奥、ガラスの扉を開く。いっきにタンゴが流れ出す。
けれど、人がいない。いや、ひとり、いた。男性が、ひとり。
「タンゴですか?」
とたずねられたので、うなずくと、歓迎してくれて名前を言い合う。彼はDJのひとだった。
「誰もいなくてごめんなさい。いつもはもう少しいるんですけど」
慣れてます、とは言わなかった。
でもさすがに落胆した。えー、誰もいないのお?
彼が私の落胆を見て、慌てて言う。
「これから集まります、たぶん、今夜は渋滞がひどいんだと思います。日本人の方もいらっしゃいますよ」
もう8時をすぎている。
エントランス代を払って、赤ワインをオーダーして、私はひとりソファに座って赤ワインを飲んだ。30分くらいかな。
気まずい。でももっと気まずくそわそわしているのはDJの彼だっただろう。彼の気持ちが痛いくらいにわかるから、同情してしまう。
「私、タンゴ聴きながらワイン飲んでるだけで楽しいですから、気にしないでねっ」なんて言ったりして、優しいじゃないの私ったら。
さすがに30分くらい経ったとき、DJの彼が「踊りませんか?」と誘ってくれる。これって義務感からよね、気の毒。
同情しながら踊り始める。でも、やっぱり、好きだなあ、って思う。このかんじ。タンゴを踊る、ってこと。
曲名とか楽団はこれ、って出てこないけど、いつも聴いているロマンティックな曲が2曲続いて、3曲目が流れ始めたとき、びっくり。
だって「ネフェリに捧げるタンゴ」だったから。
「私、この曲とても好きなんです、特別な曲なんです」と思わず興奮して伝える。彼はすっごく安心したように、にっこりと笑って、私は泣きそうになりながらネフェリを踊った。
それからまたソファに座った。
■サルサとキゾンバを習う私
やがてひとり、男性が登場。とっても明るいふんいきのひと。周囲の色彩を変えてしまうくらいの陽気さ、みたいなのがある。
彼はDJの彼と親しげに会話をし、私のところへ踊るようにしてやってきて、私たちは自己紹介をしあった。
彼をRさんと呼ぶ。
Rさんはとてもフレンドリーなひとで、そしてNYでサルサや他のダンスの先生をしていて、タンゴは始めたばかりで、「さっき彼からあなたはグットダンサーって聞いたよ、踊ろう!」
と私の手をとってフロアに誘い、そして彼は、……サルサを私に教え始めた。
DJの彼もなぜか曲を変えて、たぶん、サルサっぽいのになっている。
「もっと腰、腰、そう、そう、いいねえ、ミチコ、でも……」
でも? なに?
どきどきする私に彼は言う。
「あなたにはサルサよりもキゾンバが似合うよ、キゾンバ、知ってる?」
知ってますよー。さいきん、お友だちからキゾンバについて教えてもらったばかりだから。あの、タンゴとはまた違う、なんともエロティックなダンスよね。
でも「知ってる」とか言うと危険だと思ったので、「?」的な表情で流そうとしたけれど。
あれ。また曲が変わっているような気がする。
キゾンバのレッスン開始。
「キゾンバ、やるといいよ、いいかんじだよ、そう、もっと、ここに合わせて」
Rさんはくねくねっと腰を。もうだめ、私、笑いが爆発しそう。でも日本ではぜったいやれないような動きまで、ノリでしてしまうのはなぜ。
くね、くねくねっ。
ありえない。この非現実感はなに。
私、なぜ、バンコクでサルサとキゾンバを習っているんだっけ。
Rさんは一生懸命指導してくれる。彼の熱に応えなきゃ。私もがんばる(なぜ)。
でも、もーだめー。抵抗ありすぎー。
「R」と彼の名を呼んで、「ありがとう、でも、休憩ね」とソファに戻ったとき、ぱらぱらっと人が集まり始めた。
9時くらいかな。
ようやく、ミロンガに来た、ってかんじになってきた。