ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎7本目 「愛のあしあと」

2017/04/01



み:「愛のあしあと」はどうでしたか? どういう風にりきちゃんが観てるだろう、面白いなって思いながら私も昨日観てたの。

り:ミュージカルっていうのを知らなかったです。

み:私も観ながら思い出して、あっ、これ歌があるんだ、りきちゃんに言うの忘れてた!と思って。ダメだねー、全部忘れてて(笑) まあミュージカル程ではないけどね。

り:そうそうそう。

み:「8人の女たち」くらいでしょ?

り:そうですね。1960年代ぐらいの明るくオシャレな感じで進むと思いきや、結構トーンが暗くなっていきますよね。最初のトーンで進んでいかない。

み:かなり暗くなるね。

り:そして、カトリーヌ・ドヌーヴ演じるマドレーヌの若き頃はリュディヴィーヌ・サニエが演じてる。

み:そうそう。

り:このドヌーヴは結構好きかも。カトリーヌ・ドヌーヴは、そんなに興味が無くて、皆が熱狂する程の気持ちも全然無い。きらびやかです!みたいなイメージがあるし、私はあまりそういう人は好きではないので、気になってはいなかったんですけど。今回のドヌーヴは凄く良かった。マドレーヌをベースに話が進んで、その中に娘のヴェラが関わっていたり。自由奔放とはまた違いますね。


み:そうなんだよね。

り:出ている女の人皆、愛に飢えている気がする。

み:そう、全員ね。

り:1人の人では補えないから、他の人とともっていうのをそんなに悪いとは思っていない人達の話ですよね。

み:そうです。

り:だから、そういうのが受け入れられない人にとっては、もの凄く嫌悪感を抱く映画だなって思いました。

み:あー受け入れられない人ね。

り:あっ、そんな娼婦だなんてダメ!って思って終わってしまう可能性がある。

み:そうかあ。あと結婚してるのにとかね。

り:そうそう。

み:確かにね。

り:ルイ・ガレルが良かった(笑)

み:そうそう、ルイ・ガレルどうだった?

り:歌ってるし。

み:想いが叶わないちょっと悲惨な役柄だったけど。

り:年代が進んでいく話なので、登場人物の見た目も変わっていくじゃないですか? ルイ・ガレルの見た目の変わり方とかも、やだ、そんな風に老けていくのねって。

み:良かった?

り:1本の映画でそんな変わり方を見せてくれるんだって。

み:ルイ・ガレルが良い味出してた。あの登場人物の中で効いてたよね。


み:とにかくこの映画、急に観たいと思ったの。何かきっかけがあった訳では無いんだけど。まあきっかけは色々あったんだろうな…。今の自分を責めなくても良い、複雑である状態をそれで良いんだって思わせてくれる映画が観たいな。あっ、「愛のあしあと」観たい!と思って。自分で観たのをブログに書いてたなって思ったら、そんなに詳しくは書いてなかったんだけど、何でこんな名作を騒がないんだって事を書いてあった。そうだ、私とても感動したんだったわ、今度「よいこの映画時間」で話したいと思って、DVDまで買っちゃった。

今りきちゃんが言ってた通りの映画なの。複雑で、いいかげんで、全て筋が通っていなくてもいいんだって思える。そんな風に、ある種の人達の人生は理路整然といかないんだって。この映画に出てくる人達って業を背負ってきているから、求める気持ちが強いのはどうにもならないの。だから、そういう種類の人達にとっては、こういう人生でしかあり得ないっていうのがとても分かる。

10年ぐらいが描かれているくらいなら分からないと思うけれど、50年ぐらいの流れが描かれている事によって大きく人生を捉えられる。マドレーヌが年齢を重ねて、元旦那さんとアヴァンチュールを楽しみ、でも結婚相手とも関係を維持している。何歳になっても同じ事ををやってるんだっていう所に凄くほっとするし、私はそういうのが好きだし、そういう人生が良いって思えた。

り:歳とか本当に関係無いですよね。全然ブレない。

み:うん、そうね。ある意味全然ブレてない(笑)

み:結構メインで出てくるマドレーヌの子どもヴェラ役のキアラ・マストロヤンニ。マルチェロ・マストロヤンニは好き?

り:そんなには惹かれなかったかな。

み:でも、りきちゃんの好きなイタリア映画だよ(笑)
(私がイタリア映画の台詞ものまねをするだけであって、実際には苦手なイタリア映画)

り:(笑)

み:「ひまわり」がマルチェロだし、私は彼が出ている映画をいっぱい観てるの。ドヌーヴと恋愛関係があって、その間に生まれた子どもがキアラ・マストロヤンニだから、キアラ・マストロヤンニっていうと、ドヌーヴとマストロヤンニのサラブレッドなんだなっていう目で観るの。観てると、本当にマルチェロ・マストロヤンニに笑っちゃうくらい似てるのよ。鼻の横からの形とか、笑い方とか。そういう変な観方をしてしまったんだけど、あのキアラが凄い存在感があると思って。私、彼女好きなの。サニエも好きだし、全員魅力的でしょ? そういうのでも惹かれてしまうし、マドレーヌが若い頃に働いている靴屋さんの店員の感じとかも可愛い。いろんな映画に対するオマージュが感じられるし、最初も最後も「靴」でっていう描き方も好き。サニエが魅力的じゃない?

り:サニエ良いですよね。サニエじゃなかったら、こんなに許される感じには描かれなかったと思う。他の人だったら、受け入れられなかったり、嫌悪感を感じてしまうような観方がされてしまうかもしれない。ちょっと小悪魔的にやっちゃうよ。いいよ、進んじゃおう! みたいな雰囲気がサニエにはあるからピッタリでしたね。

み:メイクも60年代風だし、髪もボリューミーにしているから、本当にドヌーヴの若い頃なんだっていうのがそんなに違和感無く観られたし、若い時のドヌーヴのメイクとかを意識しているから本当にドヌーヴの若い時みたいって思った。色彩の感じも「シェルブールの雨傘」とかを思い出した。りきちゃんがあのドヌーヴは割と好きだって言ってたけど、本当に全然主張が無いよね。

り:大女優だし、大女優になってくるとメインです!みたいなのが出るじゃないですか。

み:はい、登場しました! みたいなね。

り:はい、私です! みたいな。

み:それが無いでしょう?

り:そうそうそう。

み:本当に綺麗めな普通のおばさん的な感じ。そんなに自己主張がバリバリでもなく、思想がそんなにあるわけでもない、世間的にも尊敬される人物ではない。でも求められれば逢引きに行っちゃうし。そういうのが良く出ていたし、とても自然だった。

り:若いからこその迷いとかは感じられるけど、自分に正直ですよね。

み:そうなのよ。

り:離婚して再婚した後に元旦那が来ても、すんなり受け入れてる。「もっと早く来ると思ってた」みたいに言っちゃうし。

み:そうそうそう。悪びれずにね。年取ってから、ヴェラの部屋でパパとママが裸でベッドにみたいなシーンあるじゃない? そういいうシーンも「パパと会って話をしていたら、パパが触り始めたから」って(笑)そういった所も別に何も考えのないおばさまでしょ? でもそれが私凄く好きなんだよね。ああいう感じが良いな、どうして皆そういう風に出来ないんだろうって思ったりして。前回「アメリ」を観て、今回この作品を観たから、良いのか悪いのか分からないけど軌道修正が出来た感じ。私やっぱりこっちだ!みたいな。

り:ちょっと迷いがあったんですか?

み:あったのかもしれないね。何かいい子ちゃんしちゃってたのかしら?っていうのがあって。


み:私が今回1番興味があったのは、ヴェラの愛の求め方。ルイ・ガレル演じるクレマンを小脇に抱えキープしつつ、でも本命では無い。

り:クレマンとしては、ヴェラに対して本命の気持ちはあったのに。

み:そうそう。クレマンはヴェラの事を凄く好きだけどヴェラは友達プラスαくらいでそんなに本気では無いし、ゲイのヘンダーソンに魅かれていく。恋人同士にはなれないけれどゲイの人に魅かれるって、一方的な叶わぬ恋なわけでしょう? それも分かった上で何年も想い続けてる。
最後は9.11が起こった。あの時はいろんな人が混乱したし、命の大切さや儚さっていうのを知って混乱している中の一人としてヴェラも混乱していて、たまたまそこに同じタイミングだったのかもしれないけれど、子どもが欲しいっていう気持ちが出てくる。でもヘンダーソンはゲイだし、HIVだから断ってくる。ああいう気持ちっていうのは分かるんだけど、それを拒否された事で自殺するっていう所がどれほどの絶望だったのかっていうのが私にはよく分からなかった。

り:拒否された後にヘンダーソンとヘンダーソンの連れが居る部屋に戻って3人でセックスするシーンがありますけど、拒否されただけでは自殺しようとは思わなかったんじゃないかな。

み:じゃあ3人でセックスをした時に何か深く腑に落ちる物があったって事なのかな。

り:うん、そんな感じが。

み:そうだよね。セックスの後、薬を大量に飲んで下のバーに行って死ぬんだもんね。

り:ただでさえ9.11の事で精神的に不安定になっていたし、そういうのと重なってっていうのはあるかもしれない。でも、3人でセックスした事で…。

み:もういいやって感じがあったのかな? もういいやっていうと変な感じだけど、分かるような気がする。

り:そこでもうそういう考えを止めたいって事ですかね?

み:上手く言えないけど、気が済んだ感じ。分からないけど、今そんな感じがした。

り:たしかに。

み:全ての事に気が済んじゃった。

り:子どもが欲しいって言ってたのは、本当に欲しかったからかもしれないけれど、ヘンダーソンとセックスがしたかったっていう理由もあります?

み:あそこででセックスの事は考えてなかったと思う。精子を消毒すればHIVでも子どもが出来るって言ってたけど、それは多分人工授精の事だから、ヘンダーソンとのセックスの事は諦めてると思う。諦めてるけれどヘンダーソンの事がとても好きだから、彼との子どもが欲しいっていう気持ちも凄く分かる。拒否するヘンダーソンの気持ちも分かる。そりゃ、私が男でもそれは良くないって拒否するよ。
だけど、子どもも作れないんだって思って、何となく3人でのセックスになって…気が済んだとしか言いようがないな。疲れていて休みたいなって思っている時に、自分の中で重要な事件が起こって、もういいかなって思う感じ。だからそんなに深い理由は無いような気がする。マドレーヌは娘のヴェラを愛しているけど、ヴェラのそういう気持ちをどうにも出来なかった。電話とかをしているけど、ストッパーとしての役割にはならなかった。

り:全編を通して、ヴェラの生き方の中に生にしがみつくというか、生きていく事に必死になっている感じがしなかったですよね。どこか投げやりというか、諦めというか。そういうのが最初から感じられた。

み:生に対する執着が無いんだよね。だから娘に対する愛情もあるんだろうけど、そんなに強烈に示されてはいない。全てにおいてそういう所があるのかもしれないな。

り:だからふとした瞬間に死を選んでしまったっていのうはあるかもしれない。

み:ヘンダーソンの事が凄い好きだったのかな? 3人でどういうセックスをしたのかなって思ったの。

り:あくまでもヘンダーソンの連れである若い青年は、補助的でしたよね。ちょっとしたスパイスを投げ込む役割。

み:役割作りみたいな感じだったよね。

り:子どもを作りたいって話した後に、部屋に帰ったヘンダーソンが若い連れと寄り添って泣き始めるじゃないですか? そこでそういう話をされたって聞いたのか、何か感じ取ったからなのかはわからないですけど、そういう部分を知ったから何かきっかけを作りたかったのかな。結局ヴェラは自殺してしまったし、必ずしもそのきっかけが良かったとは限らないけれど。ヴェラとヘンダーソンは本当に物凄く惹かれ合ってますよね。

み:凄い強烈に。異性愛みたいなまなざしで見ているよね。

り:ゲイで何も出来ないのに、ずっと君の事を考えていたとか。

み:2人が見つめ合ってるまなざしとか、交わしてる会話って恋人そのものでしょ?

り:だからちょっと分からないですよね。

み:分からない。そうなのよ。

り:ゲイだという事を主張をしているけれど、あまりにも2人の関係が自然過ぎて分からなくなる。

み:ゲイだからセックス出来ないって話をした後に、クレマンのトークショーの場にヘンダーソンが来て、トイレでヴェラに口でイカせてあげるだけでしょ? 自分は何もされてないの? あれって何もなかったのかな? あれだけでおしまい?
シーンとしてその行為をして終わって2人で笑いあってるだけで、えっ?これでおしまい?っていう感じがあったんだけど。それで何があったの?って感じ。ヘンダーソンはヴェラを抱く事は出来ないけど、悦ばせたくてそういう事をしたんでしょ?

り:それが自分の悦びに繋がったりしませんか? 自分がされるからっていうのが無くても。

み:する事によって相手が悦んでで、自分も悦びを感じるって事でしょ?
でも多分、ヴェラから何かされてもダメなんでよね? ゲイだからっていうのが前提であるし、多分悦びにはならないんだよね?

り:それがヴェラであっても?

み:だってそれが成立するのであれば、その後のシーンでお返しをしてくれるとか、ほのめかしてくれるんじゃない? 私の中のテーマでは、あの2人の関係が凄く重い。精神的には愛し合ってはいるけれど、肉体的には結ばれてないってだけかな? でもあそこまで関係を持ったら、肉体的にもっていう感じにもなるでしょ? 一切セクシュアルな事をしないわけではないから。

り:その辺ちょっと分からないですね。ゲイの中でも、そういう事が出来る人っているのかな。

み:したいとも思わないでしょ?

り:うん、思わない。

み:だからこそのゲイ。それを飛び越えてまでの愛の相手だったのかなっていう見方もしたの。

り:映画中にはバイセクシュアルとは絶対に言わないじゃないですか。

み:そうなの。バイじゃん!って思うんだけど、違うんだよ。

り:うん、違う。

み:ヴェラの事をずっと考えていてもしないんだもん。

り:超える何かがあるって事ですよね。精神的に繋がっていると。

み:ヴェラも凄く好きなんだけど、肉体的にっていうのは諦めてるいるから求めてもいないと思う。だからこそ子どもが欲しいって所にいく訳だけど。必ずしも強烈に愛するって事には、肉体的な結びつきは絶対なきゃいけないっていうものでもないんじゃない?っていうのが描かれていたのかな。だとしたら、それを全部受け入れなくても良いから貴方を愛する、でも子どもが欲しいっていうのを受け入れて貰えなかったらショックだったかな…。
丸っきり別の事じゃない? 子どもを作りましょうという、生を生み出す行為を提案した数時間後に死を選んでる。しかも衝動的な死というよりも、冷静さのある死だよね。でも、薬を見て飲んだって事は、衝動的ではあるのかな。

り:なんでわざわざ9.11にしたと思いますか? というのも、一般的に沢山の人が死んだっていうのを目の当たりにすると、その死に近しい人は自殺を考えたりはするかもしれませんけど、遠くから見ている人間としては生きなきゃって思いがちじゃないですか? なのにヴェラが死を選んでしまったっていうのは、どういう事なんでしょう。9.11という時じゃなくても良かったとも考えられますよね。

み:敢えて。

り:入れたんですよね。

み:入れたのは何故かというと、命の重みとか死というのは、1人の人にとって最重要事項、最悪の悲劇というのは、人それぞれなんだって事なんだと思う。相対的評価では、悲劇とか絶望は測れないという事。絶対評価なの。自分の中でしか無いから、例えば9.11みたいに飛行機が突っ込んで、死んじゃったりした時に、愛する人を失って絶望したり哀しんだりする事が世界の最重要事。でも、そんな事件が起こってるんだから自分の命を大切にしろという考え方は、私はナンセンスだと思う。レベルが違う話になるけど、それって食べ物があって残したいけど、世界には飢えている子がいるんだから食べなさいっていうのと似てる。昔から私はそれは関係ないし、おかしいと思ってたの。

り:それが当たり前だと思うなって事ですよね。

み:そう。そうじゃないんだよって事。

り:私、「明日、君がいない」という映画で近い事を思いました。その映画では、この人傷ついてる、こんな酷い事があって落ち込んだりしているっていう人が沢山出てくる中で、何が理由だったんだろう、そんな理由でなの?っていう人物が自殺をしてしまう話なんです。自殺のきっかけっていうのは本当に些細な事なんですが、哀しみの比重みたいな物は人によってレベルが全然違うし、その背中を押されたタイミングも重なったりすると、死ってとても近しいものになってしまうんだなって、その時凄く感じたんです。今の話を聞いていると、それにとても近いかなって。

み:うん、そうだと思う。9.11が起きているそんな時に、いわゆる些細な事で自殺なんてとんでもないっていう風に考えます?っていう事なんじゃないのかな。私は凄くあの気持ちが分かったし、9.11の時だからこそ際立つなって。大きな事件が無い時に自殺をしたらそんなに非難されない自殺だけれども、ああいう最中での自殺であったり、自殺前に9.11のニュース番組を変えさせて踊っているっていうのは非難される。でも、非難される事自体もおかしい。そういう人からみれば、この映画は受け入れられないですよねって最初にりきちゃんが言ってたけど、全ての良識ある人々に対するちょっとした投げかけ、あるいは抵抗を私はあの映画全体に感じる。

最近、茨木のり子を路子サロンでやったりしたから、彼女の作品を集中して読んでいたんだけど、茨木のり子が考える芸術作品とは?っていう所に「浄化作用(カタルシス)を与えてくれるか、くれないか、そこが芸術か否かの分かれ目」と書いていて、私はそれを自分と同じ意見だなと思っているんだけど、そういう意味で言えば、前回の「アメリ」も、今回の「愛のあしあと」もカタルシスが凄くある映画で、自分が思っていたり考えているけれど中々言葉に出来なかったり表現できなかった事が、2時間の映画を通して全部描かれている感じで救いになったな。


み:マドレーヌとクレマンがセックスするって思ったの。それも有りかなって。

り:別に違和感無いですよね。そうなるかなってちょっと思ったんですけど。

み:雰囲気はあるよね。よっぽどミスフィッツ達の集合体の中で生きていれば別だろうし、凄くミスフィッツを出していられる季節もあったりするんだけど、その部分を抑えながら生活をしている時にこういう映画を観ると、さっきも同じ事を言ったけど軌道修正出来る。だってそっちの方が生きてるっていう感じがするし、違和感が無い。私が我慢する事を美徳と思っていないのはご存知でしょ?

り:(笑)

み:私、我慢とか忍耐ってあまり好きじゃないのよ。そこにどうしても意味を見出せない。何でそれをするのか、何でそこでその我慢をさせるのか、しなきゃいけないのか、ちゃんと理屈があってなるほどって納得が出来ればそれは我慢する。でも人々が我慢しなさいっていう事って、例えば誰かにごちそうになる時には嫌いなものが出ても我慢して食べなさいとか、団体行動をしている時は我慢して皆に合わせなさいとか。そういうのよくわからないの。そういうのがどうしても分からないままずっと生きてきて、今も分からない。でも、周りから強く言われれば怖いから従ってるってだけよ。本当にそれが必要だと思ってないもの。

り:だって嫌なんだもん。

み:我慢する事で、自分にとってどんなに良い事があるのかっていうのが分からないの。いつもりきちゃんには言ってるけど、タレントとかが浮気したとか婚外恋愛をしたって事で皆が叩き始めるって事があるでしょ? でもそれって、自分は他の人とセックスしたいのを我慢してるのに、お前は何で我慢しなんだっていう理屈に尽きると思ってるの。どうして私は我慢してるのに貴方はしないの?って所で色々な問題が起こってる気がするから、じゃあ我慢しなければ良いのにっていつも思うの。自分が我慢してるからって、我慢しなかった人を責めるっておかしいと思う。

この「愛のあしあと」にはそれが無い。皆、我慢してないの。私に言わせれば偽善者じゃない所が良い。全員が我慢しなかったら秩序って物が無くなるじゃないって前に誰かに言われたけど、秩序が今あるんですか? 良い世の中でも無いし、あってこの状態だったらいらないんじゃない?

り:マドレーヌの再婚相手は我慢してませんか?

み:(笑)

り:マドレーヌが元旦那と会ってそういう事をしているのも知ってるけど、マドレーヌを愛してるから離婚しない。

み:違うのよ! 彼も我慢してないのよ。

り:してない?

み:彼が本当に我慢しているなら、マドレーヌを手放すはず。それが我慢でしょ?

り:ああ、そうかあ。してないからこそ手放さないんだ! 彼の我が儘みたいな感じか。

み:違う変な観方かもしれないけれど(笑) 自分の欲望を我慢してないでしょ?

り:そうだ。

み:だから全員我慢してないのよ。まあ我慢の度合いなんだろうけどね。この映画だって、登場人物がちょこちょこいろんな我慢はしてるけど、自分にとって一番重要な部分に背いてないって感じかな。

り:再婚相手のしてる事も、そのちょこちょこの我慢の一つなんですね。本当に些細な事。


み:歌もフレンチポップスの軽やかな感じで良かったね。

り:そうですね。

み:私も改めて、これ歌唄うんだって思ったけど、サニエの声が可愛いし、サニエが唄ってる歌が可愛かった。

り:サニエの唄い方は本当に可愛いですよね。「8人の女たち」も可愛かった。
最初と最後で同じ曲を使うじゃないですか? 歌詞の違いでの対比も凄く良かったし、年齢が違う設定だから唄い方も違う。サニエが唄ってる若い頃のマドレーヌはちょっと高めの声だけど、皆年代が進むと声が低くなってく。

み:ドスがきいてきたみたいなね。

り:そこがまた良いですよね。

み:またサニエのファンになったな。

り:終盤、何でマドレーヌは靴を置いていったんだと思いますか?

み:赤い靴ね。

り:多分あの靴は若い頃に盗んだ靴ですよね?

み:多分そうだと思う。

り:前に住んでいた家に行く時に、その靴に履き替える。履き替えた後に住んでいた部屋に行って昔の事を思い出して、その後に靴を置いて立ち去る。その靴を盗んだからこそ始まった人生っていうのは冒頭で語られていますよね。

み:何かを終わらせたのかな。その後だっけ? 今住んでいる家に帰ると旦那さんが外で待ってるんだけど、扉を閉めて一人で中に入ってくシーン。あれは拒絶ですかね? そのシーンを観て、2人の関係が終わるのかなって思ったの。


り:全てを無くしたいから?

み:いったん白紙に戻すのかな? 元旦那さんは死んじゃったけど、その場面の流れで元旦那さんとも今の旦那さんとも、関係が切れた感じがしたのよね。

り:今の旦那さんを凄く愛してるっていう執着みたいなものはあまり無いですよね。

み:そんなに愛してないはず。

り:元旦那の死と娘のヴェラの死を経験した事で、愛が終わってしまった感じがする。だからそういうのを表現してるのかな。

み:でも、娘が死んでから時が経ってるよね。時が経って、娘の命日とかではなく、自分の誕生日っていう設定。それなのに、旦那さんに愛してるって言いたくない気分だから部屋に籠もってる。その後、一応誕生日パーティーの場で挨拶くらいはするけれど、その場からクレマンと立ち去ったり、靴を脱いだりするんだよね。何かが終わるっていう時が来たのかな。元旦那さんが亡くなってからも時が経ってるけど、元旦那の存在があったからこそ続けられていた結婚生活も,バランスを失って崩壊し始めていたんだろうね。それで娘の死があり、かなりの衝撃を受けている状態で誕生日というひとつの節目を迎えた事で、何かの終わりが全て見えたのかもしれないね。

り:よく自殺をする時に。

み・り:靴を脱ぐ。

り:って言いますよね。

み:それを彷彿とさせるよね。私もそれはイメージした。

り:それは何でなんですかね。

み:何だろうね。

り:やっぱり俗世間との。

み:さようなら的な意味があるのかしらね。今、飛び降りてる最中にパンプスが脱げちゃうからじゃない?って思ったけど、ブーツだったら脱げないなって思った。関係ないね。

り:死を目の前にしてそんな事考えないと思いますよ(笑)

み:すみません、すみません(笑) やっぱり現世に対するご挨拶ですかね。

り:でも、そうするとマドレーヌはこの後自殺するってなっちゃいますよね。まあ、そうとも限らないか。区切りの意味合いで。

み:ある意味での死。今迄の自分の生き方に死を与えるという。マドレーヌの性格からすると、そんなに引きずらなそうじゃない?

り:再出発の意味合いもあるかもしれませんね。

み:かもしれないね。

り:過去との決別。

み:例えば1か月後には、まるっきり新しい男の人が2人居るかもしれない。彼女の場合はそういう感じだね。

り:ジンクスみたいなものですよね。この靴で始まったから。そのジンクスを終わらせる為には、それを手放す。

み:一種の死でしょうね。確かにね。凄く靴が印象的に使われているよね。

り:うん。最初も最後も。


み:引きずるというか関係が切れない人達って、なんだかんだ言ってもやっぱり性の結びつきとか欲望があるような気がする。だからこそそれが無かったヴェラは死んじゃったのかな。

大庭みな子っていう私の好きな作家が大庭利雄さんっていう旦那さんとずっと添い遂げるんだけど、自分は小説家でそんなに愛情深く無いから、他の人と浮気しても溺れないけど、貴方は愛情深くて本気になるから、私には自由を認めよ、貴方が浮気したら刺し殺すっていう不平等条約を結ばせたらしいの。赤裸々には書いてないけれど、その2人は多分年を取って老人になっても性的な結びつきがあったと思う。大庭みな子は他の人達とも精神的な情愛関係を結んだり、若い時には身体の関係も持っていたはずなのよ。だけど、旦那さんともずっと一種の性の関係で結ばれていたんだと勝手に行間を読んでいるんだけど。
それをこの映画を観ていて、マドレーヌと元旦那さんとの関係に感じたの。あんなにおじいちゃんとおばあちゃんになっても身体を求めあってるんだよ? 今の旦那さんとはもうしてないと思うし。そこが一致している2人は、やっぱり重要なんだなと思った。精神的なものもとても大事だけれども、性の結びつきも関係を維持していくっていう意味では重要かなって思ったな。

り:年数が経つと性の結びつきも無くなってくるってよく聞きますけど。

み:それが一般的ね。

り:それが無いって事ですか?

み:もちろん頻繁ではなくなるし、前と同じ様な感じでは無いんだけれど。

り:でも深い繋がりが。

み:何かしたい相手って事よ。例えば機能しなくなってもね。違う他の方法を探って、こちょこちょしたくなる。そういう欲望がある相手かどうかっていう事。こちょこちょですらしたくなくなるっていう人達もいる。だからそれがとても重要な気がする。初期の頃はそれがわからないのよね。そこが初期の段階で分かっていれば色々な判断が出来るんだけど、初期の頃って皆夢中だから分からないよね。絶対に初期の頃はお互いに触りたいし。3年後を見極めるって難しいよね。

り:難しい(笑)


み:ルイ・ガレルはどの映画でもそうなんだけど、とびきり暗いまなざしをするシーンが多かったよね。

り:最後なんて特にそうですよね。道端で座ってると、側に死んだはずのヴェラが立ってるシーンとか。ルイ・ガレルって決して凄いかっこいい訳では無いと思うんですよ。

み:そうね。

り:でもセクシーなんですよね。

み:そう思う。今回凄い分かった。りきちゃんが好きな理由が分かった。

り:どんな女優とか俳優が相手でも、ルイ・ガレルもやっぱり輝きを失わない。

み:マリリンみたいだなと思ったの。今回観てて、出てくるとそっちに目が行っちゃうの。それはマリリン的な輝きなのよ。サニエとかももちろん可愛いし綺麗だし、マストロヤンニも良いけど、ルイ・ガレルは異様な存在感がある。

り:ドヌーヴと一緒に歩いていても霞まないですもんね。

み:全然霞まないもん! あれ凄いよね。

り:今迄ジェーン・バーキンやイザベル・ユペールとも共演しているけど、決して明るい存在感では無いですよね。ちょっと影のある存在感。だから目が離せない。

み:そうね、そうなんだよね。

り:凄い好き。

み:でも一番好きなのは「サン・ローラン」のギャスパー・ウリエルでしょ?

り:両方同じくらい好きかも。

み:それって凄い良い映画を教えちゃったって事じゃない。わーいわーい。

り:「愛のあしあと」の監督クリストフ・オノレって、何本か撮ってるんですけど、ほとんどルイ・ガレルが出演してるんですよね。

み:ん? それは何かあるのかしら?

り:何かのインタビューで見たのは、「ルイ自体が僕の映画のようで、僕の映画がルイのように感じる」って言っていて。だからこの監督にとってミューズ的な存在なんですよね。

み:ミューズなんだね。えっ? ルイ・ガレルってゲイなの?

り:ストレート。

み:バイでもないの?

り:バイとも聞かない。

み:でもそういう雰囲気あるけど。

り:そういう役柄も多いですよね。

み:監督は?

り:監督は分からない。でも、割とゲイネタを映画に入れてくるんですよね、この監督。
日本で公開されてない作品があるんですけど、それも確かゲイの話だし。「愛のうた、パリ」っていう日本で公開されていないので、オノレ監督、ルイ・ガレル、サニエ、キアラ・マストロヤンニっていうのがある。

み:えっ! 観たい! ダンディOさんに頼む?

り:私はそれと、「パリの中で」が観たい。オノレ監督、ロマン・デュリス、ルイ・ガレルが出てる。

み:キアラ・マストロヤンニのそれ観たい。

り:これも確かミュージカルだった気がします。「愛のうた、パリ」は東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映されていました。ルイ・ガレル祭したいな。



~今回の映画~
「愛のあしあと」 2011年 フランス
監督:クリストフ・オノレ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/キアラ・マストロヤンニ/リュディヴィーヌ・サニエ/ルイ・ガレル

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間