▽映画 ◆私のアナイス アナイス・ニンという生き方 ブログ「言葉美術館」

◆アナイスと「アクトレス」と幸福な会話

 

 長い時間がかかってしまった原稿を、ようやく編集者さんに送ることができて、すこしだけほっとひと息。私はいったい何をするのかな、と締め切りに追われているころ、考えていた。タンゴは踊る、そしてそのほかは?

 まず最初にしたこと。アナイス・ニンの『インセスト』を、いつものようにぱらぱらと繰るのではなく、最初から熟読し直すこと。ラインを引きながら。もうラインだらけだから、ブルーの色鉛筆で。あらためて、おどろくほどの酷似が。

「頭の中には、ダイヤモンドのように硬くしっかりしたコントロールセンターがあるのだが、私の感情たちは好き勝手な方向に動き廻っている。動きすぎ、広がりすぎて、切れそうな緊張感がある。」

 そして、ヘンリー・ミラーとの関係。

「最大の歓びは、二人がひとつになること。今ならヘンリーにもわかっている。完全な存在になること。情熱における絶対化」

「私たちは同じ材質で織られた人間同士、強い結びつきは否定しようもない」

 ヘンリーとアナイスの情熱はやがて特別な友情にかわり、死ぬまでそれは続いた。

 そのときはどんなに愛し合ったとしても、関係がやがて途切れてしまう人と続く人とがいる。そこに横たわる違いは何だろう。

 そんなことを考える。

 そして昨夜、21時くらいからぽっかり時間があいた。今までは、ぽっかり時間があくなんて、感覚がなかった。いつも原稿のことを考えたり、書いたりしていた。最初の完成稿を送るまではいつもそうだ。原稿のことがつきまとって、どんなときにも離れない。だから他の本も読めないし、約束がなければ映画も積極的に観られない。

 むしょうに映画『アクトレス』が観たかった。DVDをオーダーして届いたばかりの映画が。
 映画館で2度も観たのに忘れ難くて。パッヘルベルのカノンとともに私の胸に刻まれた「マローヤのヘビ」を観たかった。
 マローヤの峠を流れる雲の、あの姿が。

 時間を計算すると映画を観ている途中で娘が帰ってくる可能性があった。いつもはそんなときは仕事部屋で観るのだけれど、マローヤのヘビを共有できたらという想いもあって、リビングの大きな画面で映画を観始めた。

 ラスト近く、ちょうどマローヤのヘビのあたりで娘が帰宅したので、その場面だけを一緒に観られた。彼女も感激していて、私が、死ぬまでに訪れたいところだー、一緒に行く? でも初秋って季節限定だし、行ってもいろんな条件が整わないと見られないのよねー、なんて話をした。

 それから、映画が終わって、私はカノンをリピートで流し、入浴を終えた彼女がいつものタオルをまとっただけの姿で、つるつるの顔で、リビングに来て、「私は(ほんとは私、ではなく、自分の名をいうのですが)、つくづく幸せだと思うよ」と言った。

「『ある奴隷少女に起こった出来事』」?

 私はここ数日リビングのソファに置かれていた本の名を言った。

「そう。すごいよ。7年間、テーブルの下にずーっといるなんて私はできない。自分がいかに恵まれたところに生まれてきたのか、幸せだなって思ったよ」

「そこで終わらないよね?」

「わかってるよ、でも、最初に感じたのがやっぱりそれ。それが正直なところ」

「そこから先、何を思うかがすべて」

「わかってる。でも、ほんと、ものすごい生き抜く力を感じるよ。自分にはできない。……あ、でも彼女には子どもがいたんだよね、子どものためだったらできるのかな……(私はここで、たぶんできる、って胸のなかでこたえる)読んでみたら? あー。でもママにはきついかな」
「うん、置いてあるの、ぱらぱらって見たけど、きついかも。……大学の課題図書?」
「違う、本屋さんで見つけたの」
「平積みになってたの?」
「ふつうに一冊だけ、棚にあっただけだよ」
「それで、選んだの? そしてそんなに感動したのなら、出逢いだねー」
「かもね」
「生き抜く、ってことだったら、フランクルの『夜と霧』読んでみたら?」
「あ! それ、誰かにすすめられた。強制収容所のでしょ」
「そう。あの本、私のなかの大切な一冊」
「もってるの?」
「もちろん」
「貸してー」
「いいよ。ところでさ、一応、原稿、あげたのよね」
「それはなにより」
「締め切りの前日、お願い、私に言って。がんばって、って言って。って言ったら、うしし、って笑いながら、がんばってね、……せいぜい。って言ってくれたから、すごくがんばれたよありがとう」

 笑いながら終わった会話ののち、『ある奴隷少女に起こった出来事』、読んでみようかな、と思った。

 そしていま、カノン聴きながら、いったい私は『アクトレス』の、「マローヤのヘビ」になぜこんなに魅せられているのか、考えてみたいと思っている。

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