◎Tango アルゼンチンタンゴ ブログ「言葉美術館」 私のタンゴライフ
■タンゴはひとりじゃ踊れない■
2023/09/10
「タンゴはひとりじゃ踊れない」
電車に乗っていたら、突然、この言葉が降りてきてびっくりした。
大好きな女優ジャンヌ・モローの言葉。
30代半ばでデザイナーのピエール・カルダンと出会い、恋におちて彼のミューズとなる。
カルダンはバイセクシャルだった。
およそ5年後にふたりは別れる。
その別れについてジャンヌ・モローが、のちに語ったこと。
「彼と別れた理由は記憶にないの。少しずつ別れがやってきたという感じね。
一緒に暮らしていた時期はとても素敵で楽しかった。精神的にも肉体的にも素晴らしい関係だった。
彼のことを心から尊敬している。いまでも。
でも別れた理由は覚えていないのよ。たぶんふたりとも子どもが欲しかったせいじゃないかしら。もし私たちに子どもができていたら、いまでも一緒にいたでしょうね。それは私のせいなの。子どもを産むことができなかったから。
でもタンゴはひとりじゃ踊れないわ。
私たちに子どもさえいたら。……ああ、それは昔の話よ」
この話の流れでなぜタンゴが出てくるのか、電車を降りてもずっと考えていた。考えながら歩いていると、ときどき車に轢かれそうになる。あぶない。
そんなことはどうでもよくて。
なぜ、別れについての話のなかで、この言葉が出てくるのか。
いまでもわからないけど、みょうに気になるから書き残しておこうと思う。
「タンゴはひとりじゃ踊れない」
これって、恋愛関係そのものを語る、と私は思う。
相手とタンゴを踊れなくなったとき、踊らなくなったとき、踊りたくなくなったとき、関係は終焉するのだと。
タンゴに縁がないひと、タンゴが好きなひと、タンゴを踊るひと、すべてに共通する言葉。
……ほんとうに。心底、タンゴの奥深さを、感じる今日この頃。
もしかしたらすっっごく単純なのかもしれないけれど。私が好きで奥深くしているだけなのかもしれないけれど。
タンゴ。
そう、さいきん発見したことがあって、私が好きなタンゴを踊るひとには「知性」か、それがなければ「痴性」があるか。
ふたつが共存することは、たぶんとても稀だから、このどちらかがあるかどうか。
そして、このどちらも、その強度によって、ものすごい個性となり、私を惹きつける、っていうこと。
どちらもないひとのタンゴには私は惹かれない。運動みたいに見える。
まあ、私に惹かれたからどうだっていうの、ってところもあるけれど。
こういうこと言うから嫌われるのね。それでも、ここには書きたいことを書きたいから。
そうでなくったって、ここにでさえ、書けないことがいっぱいなのだから。
さてさて。
ほぼ毎日更新しているインスタグラム、今日の「琴線にふれる言葉」は、写真のようにジャンヌ・モローにするつもりです。
*インスタグラム、フォローしてくれたらやる気になりますので、ぜひ。
また、これまでのジャンヌ・モローについての記事、ご興味ある方はこちらからどうぞ。
★追記:この記事を読んでくれたお友だちから教えていただきました。
「タンゴはひとりじゃ踊れない」って「It takes two tango」、ことわざ、慣用句で「両者に責任がある」って意味だって。
知らなかった。なにかよくないことが起こったとき、それって、どちらにも責任があるわよね、みたいに使うんだって。
だとしたら、ジャンヌ・モローのあの言葉の意味は、わかりすぎるくらいにわかる。
私はジャンヌ・モローの伝記から引用したのですけど、翻訳者の方もきっと、このくらいのことはみんなわかるよね、と思って、そう訳したのね。しゅん。
それにしても、そんなことわざないほうが好みだったな、って無知な女の開き直り。
教えてくれたお友だち、本当にありがとう。