◎Tango ブログ「言葉美術館」

■タンゴはひとりじゃ踊れない■

2019/04/18

 

「タンゴはひとりじゃ踊れない」

 電車に乗っていたら、突然、この言葉が降りてきてびっくりした。

 大好きな女優ジャンヌ・モローの言葉。

 30代半ばでデザイナーのピエール・カルダンと出会い、恋におちて彼のミューズとなる。

 カルダンはバイセクシャルだった。

 およそ5年後にふたりは別れる。

 その別れについてジャンヌ・モローが、のちに語ったこと。

「彼と別れた理由は記憶にないの。少しずつ別れがやってきたという感じね。

 一緒に暮らしていた時期はとても素敵で楽しかった。精神的にも肉体的にも素晴らしい関係だった。

 彼のことを心から尊敬している。いまでも。

 でも別れた理由は覚えていないのよ。たぶんふたりとも子どもが欲しかったせいじゃないかしら。もし私たちに子どもができていたら、いまでも一緒にいたでしょうね。それは私のせいなの。子どもを産むことができなかったから。

 でもタンゴはひとりじゃ踊れないわ。

 私たちに子どもさえいたら。……ああ、それは昔の話よ」

 

 この話の流れでなぜタンゴが出てくるのか、電車を降りてもずっと考えていた。考えながら歩いていると、ときどき車に轢かれそうになる。あぶない。

 そんなことはどうでもよくて。

 なぜ、別れについての話のなかで、この言葉が出てくるのか。

 いまでもわからないけど、みょうに気になるから書き残しておこうと思う。

 

 「タンゴはひとりじゃ踊れない」

 これって、恋愛関係そのものを語る、と私は思う。

 相手とタンゴを踊れなくなったとき、踊らなくなったとき、踊りたくなくなったとき、関係は終焉するのだと。

 タンゴに縁がないひと、タンゴが好きなひと、タンゴを踊るひと、すべてに共通する言葉。

 

 ……ほんとうに。心底、タンゴの奥深さを、感じる今日この頃。

 もしかしたらすっっごく単純なのかもしれないけれど。私が好きで奥深くしているだけなのかもしれないけれど。

 タンゴ。

 そう、さいきん発見したことがあって、私が好きなタンゴを踊るひとには「知性」か、それがなければ「痴性」があるか。

 ふたつが共存することは、たぶんとても稀だから、このどちらかがあるかどうか。

 そして、このどちらも、その強度によって、ものすごい個性となり、私を惹きつける、っていうこと。

 どちらもないひとのタンゴには私は惹かれない。運動みたいに見える。

 まあ、私に惹かれたからどうだっていうの、ってところもあるけれど。

 こういうこと言うから嫌われるのね。それでも、ここには書きたいことを書きたいから。

 そうでなくったって、ここにでさえ、書けないことがいっぱいなのだから。

 さてさて。

 ほぼ毎日更新しているインスタグラム、今日の「琴線にふれる言葉」は、写真のようにジャンヌ・モローにするつもりです。

 *インスタグラム、フォローしてくれたらやる気になりますので、ぜひ。

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 また、これまでのジャンヌ・モローについての記事、ご興味ある方はこちらからどうぞ。

■大好きなジャンヌ・モローが死んだ■

■ジャンヌ・モロー の強い気■

■挑発が成功の鍵■

★追記:この記事を読んでくれたお友だちから教えていただきました。

「タンゴはひとりじゃ踊れない」って「It takes two tango」、ことわざ、慣用句で「両者に責任がある」って意味だって。

知らなかった。なにかよくないことが起こったとき、それって、どちらにも責任があるわよね、みたいに使うんだって。

だとしたら、ジャンヌ・モローのあの言葉の意味は、わかりすぎるくらいにわかる。

私はジャンヌ・モローの伝記から引用したのですけど、翻訳者の方もきっと、このくらいのことはみんなわかるよね、と思って、そう訳したのね。しゅん。

それにしても、そんなことわざないほうが好みだったな、って無知な女の開き直り。

教えてくれたお友だち、本当にありがとう。

 

 

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